この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第6回 新しい発見は、絶対見つけたいと思う研究者に微笑んでくれる。 京都大学再生医科学研究所 再生増殖制御学分野 瀬原淳子 教授

研究と料理が両立できる環境にあこがれて

───将来の進路について考え始めたのはいつごろからですか。

小学生の高学年のころ、私はアナウンサーになりたかったんです。でも父親がアナウンサーもいいけれど、原稿を読むだけの仕事ではなく、もっと自分で何かをつくりだすクリエイティブな職業に就いたらどうかとアドバイスしてくれました。ちょうどそのころ、父親が親しくしていたある大学の先生から「キューリー夫人」の伝記をプレゼントされたのです。そこに、おうちの中に研究室がある風景が描かれていて、“これは素敵だな”って思ったんです。しかもキューリー夫人は研究に取り組むかたわら、子どもを育てるために、台所でシチューをつくったり、家事などもやっている。研究も子育てもすべて家庭でできることって、とても魅力的だなって。そこから、研究者をめざすようになったのだと思います。

───そうした夢を実現するための学部選びは、どのようにして決めたのですか。

勉強はまあまあできた方だと思います。京大の医学部に進学しようかと考えたのですが、調べてみると当時は医学部には女性の先生がいないことがわかりました。高校時代には生物部に入っていて生薬などの採集もしていて薬学にも興味を持っていたし、それなら女性研究者がいそうな薬学部にしようと。当時、スモン、サリドマイドなどの薬害も社会問題になっていて、私なりにそうした問題を考えてみたいという思いもあったんです。

───大学の薬学部に進学して、当初やりたいと考えていたことはできましたか。

いいえ、実際に薬学部に入ってみると、そこにも女性の先生はいなかったし、製薬や化学などの授業が多く、私が抱いていた自然が好きで、生薬などを山野で採集するイメージとは違っていました。そんなとき、教養部の2年でしたか、モレキュラー・バイオロジー(分子生物学)の本を読んで、目を開かれる思いがしたんです。分子生物学の中心をなすDNAの世界は、ひとことでいえばシンプルな原理でできていて、それが私にとって魅力的でした。私たちの生命はタンパク質によってつくられていますが、タンパク質は種類も非常に多く、研究対象も実に多い。DNAやRNAなど遺伝子情報の研究は、タンパク質をつくるもとになる研究であって、セントラルドグマという中心的な原理を押さえればいいという意味で研究がしやすいと考えたんです。
当時薬学部には、分子生物学を研究する場がなかったので、自分でモレキュラー・バイオロジー関係の本などを読んで勉強していました。でも、それでは満足できずに、医学研究科に入り直してウイルス研究所で研究を始めたんですが、それからいろいろあって、スイスのチューリッヒ大学分子生物学研究所に留学することになったんです。

───チューリッヒ大学に留学した目的はなんだったのでしょう。
チューリッヒ大学留学時代

チューリッヒ大学留学時代。研究室で時々行われていたバーベキューパーティーでのスナップ

とにかく、なんでもいいからモレキュラー・バイオロジーをきちんと学びたかったということにつきます。当時、インターフェロンの研究をしていたワイスマン教授の研究室で学んでいました。インターフェロンはたくさんの遺伝子群からできていて、その一つの遺伝子をクローニング(選別し、単離すること)する研究などをしていましたけれど、研究そのものはとても地道なものでしたね。

───チューリッヒ大学では希望していた研究ができたわけですね。

チューリッヒ大学の研究室では分子生物学のものの考え方と研究技術の基本を身につけることができました。その後、日本に戻ってからは、癌研究所で遺伝子制御の研究員となったり、国立精神神経センターでは、骨格筋の発生に関する遺伝子制御の研究などの仕事ができました。
けれども、私はそうした遺伝子研究だけでなく、個体そのものの生命、あるいは生き物全体を知りたいという気持ちを持ち続けていました。いつかマウスの胎仔(誕生前の赤ちゃん)を見たときに、生命ってこんなにきれいなものか、どうしてこんなきれいなものができるのかって思いました。遺伝子制御とは別のロジックが働かないと、これほどきれいなものはできない、そのロジックを知りたいと思ったのです。

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