この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第7回 「エピジェネティクス制御」は、これからの皆さんの研究テーマですよ。 大阪大学大学院 医学系研究科 生命機能研究科 仲野 徹 教授

白血病で亡くなる人が悲しかった

───大学ではどのように過ごしたのでしょう。

ラグビー部に入って、フロントローをやってました。医学生の体育大会があり、大阪大学が幹事校だったことから事務のマネジメントをやり、パンフレットを作ったり、宿泊先の手配をしたりと大会の運営や段取りの付け方など、とても勉強になりました。もっとも、一つのことに集中するタイプではなく、勉強やラグビーだけでなく、SFなどの本、映画、友人との飲み会など、いろいろ楽しみましたね。成績も要領がいい方だから、悪くはなかったですよ。遊んでばかりいるように見えるので、仲野はいつ勉強してるのか、と言われてました。

───臨床医か研究者か、どちらになりたかったのですか。

医学部に入学した時は小児科の医師になりたかったんです。でも、卒業する時は内科医になろうと考えてました。当時、造血幹細胞の研究が始まり、骨髄移植も最先端の医療として始められたころでした。また、造血幹細胞の異常が白血病を誘発したり、再生不良性貧血などを引き起こしたりすることが分かってきていました。将来的にも面白い、魅力のある分野だと感じ、血液内科をやりたいと思ったんです。それで、3年間、大学病院と市民病院で臨床に従事しました。
最初に受け持った白血病の患者さんは、高校2年生の男の子で、アメフトをやっていてとても体格のいい生徒だった。けれども、治療の甲斐なく亡くなってしまった。ほかにも白血病の患者さんが次々に亡くなっていくのをみるのは悲しかったですね。

───そのころ、分子生物学や造血幹細胞の研究はどのような状態だったのですか。

ちょうど高等生物の分子生物学が始まったころで、新しい発見が次々に雑誌を賑わしていましたね。私は分子生物学ではなくて、アレルギーを引き起こす造血幹細胞由来のマスト細胞や、マウスを使った幹細胞移植の研究に取り組み、そうですね、4年半で2000~3000匹のマウスを使ったかな。ずいぶん殺生したと思うけれど、新しい研究によって人の生命を救うためには、やむをえないことだと思います。
そういう古典的な生物学的研究も面白かったのですが、やはり分子生物学を本気で勉強してみたいと、ドイツのハイデルベルグにあるヨーロッパ分子生物学研究所に行きました。当時、分子生物学で血液の研究をしているところは世界でも少なく、そこでなら最先端の血液の研究ができるのではないかと考えたのです。渡欧したのは、1989年、ちょうど昭和から平成に変わった時です。

───ヨーロッパ分子生物学研究所ではどんな研究を?

ニワトリの白血球を研究していました。ニワトリには、ウイルスで起きる白血病がたくさんあるんです。ウイルスの遺伝子を改変させると違う白血病にかかるのですが、ウイルスのゲノムは小さいので扱いやすく、研究しやすいわけですね。ニワトリの白血病の研究はその後の私の研究にはそれほど関係がありませんが、ここで「研究ってこんなにおもろいものか」と思いましたな。それに、こう言うたらなんなんですけど、そんなに賢そうでもない研究者が、良い論文を書いて「ネイチャー」などの一流科学誌に発表している。これなら私だってやっていけるのとちがうかと自信にもなりましたよ(笑)。
そうそう、私が渡独した89年はベルリンの壁が崩壊した年でしてね、忘れもしない10月4日にテレビを見ていたら、ベルリンの壁の上に人が乗っている。英語はできるけれどドイツ語が分からないので、いったい何が起こっているのか、さっぱり理解できなかった。現地にいるのに、日本の人よりも、ベルリンの壁崩壊を知ったのが遅かったのは、悲しい思い出です(笑)。

ドイツで住んでいたアパートの裏の林でのスナップ。家族と過ごす時間がたっぷりあった

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───それから日本に帰ってこられて、研究一筋でやっていこうと……。

いや、はたして研究者で食っていけるのかという迷いはあったんですよ。医者なら食いっぱぐれはありませんから。でもちょうどそのころ、京都大学に本庶佑(ほんじょ たすく)という免疫学・分子生物学の権威の先生がおられて、その先生のもとで研究を続けることにしました。当時、日本でもES細胞の研究※が始まっていたころで、ES細胞を使って、試験管の中で血液細胞をつくろうと考えたわけなんです。しかし、そうそう世の中、甘くはない。2年くらい研究データがまったく出なくて、いよいよ研究生活を辞めようかなと考えたころ、ようやっと、研究成果が出たんです。ラッキーでしたねぇ。

※ES細胞、幹細胞などについては、「フクロウ博士の森の教室 第3回 ES細胞とiPS細胞」を参照)

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