この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

自分の価値基準を大切にして、自分の興味を探し出すこと

───見学先生の研究内容をわかりやすく説明してください。

脳の神経細胞(ニューロン)は、千数百億個もあるといわれていますが、それらは効率よく機能するために整然と並んで、精巧なパターンで突起を伸ばし神経回路をつくっています。この神経回路をつくっていくプロセスは極めてダイナミックで、ニューロンは脳の中を長距離で細胞移動していきます。さらに、複雑に分岐した樹状突起と軸索を伸ばすことによって特定の相手とシナプス結合していきます。
私たちの研究は、実際にそのダイナミックな過程を映像として捉えて背景にある分子メカニズムを明らかにしていくことですが、ニューロンの細胞運動の分子動態を見るためのイメージング技術が必要になります。これまでに、遺伝子操作技術を駆使して小脳にあるプルキンエ細胞の形を可視化し、樹状突起の立体構造を解析する方法を開発しましたが、これから、さらに高度なイメージング技術を開発して機能タンパク質が活性や所在を変えながら細胞を動かしていく過程を明らかにしたいと考えています。

複雑に分岐する樹状突起を持つプルキンエ細胞(青)。イメージングによって染色されたものは、まるでサンゴのよう。同時にシナプス入力する軸索線維を染めている。右はプルキンエ細胞の樹状突起とそれに接する軸索線維をコンピュータ上でトレースしたグラフィック画像。

培養プルキンエ細胞がどのように樹状突起を形成していくかを解析し、必要最小限のパラメータを抽出して、ドミノのように延びていく様子をモデル化した(左)。右は実際の動きと、モデル細胞によるシミュレーションの動画

───先生の研究はどんな意義がありますか。

脳の神経回路ができていく途中で何かのアクシデントがあり、壊れてしまうと、脳の病気が発生することにつながります。今、事故や病気によって脳の一部が損傷したところを再生医療によって治療する研究が進んでいますが、神経回路を再構成するためには、ニューロンの結合のメカニズムを明らかにする必要があり、私たちの研究は再生医療にもつながっていくと思います。
けれども、私にとっては、私の研究は意義や目的を設定してやっているというより、子どものころミヤマクワガタの形の美しさに魅了されたように、神経細胞の動きや形そのものの美しさに魅せられて続けているといったほうがよいでしょう。

───女性の研究者の場合、結婚や子育て、研究生活の両立など課題も多いと思いますが、これから研究者になりたいと考えている女性にアドバイスをお願いします。

私は30代の後半に結婚して子どもを育てながら研究生活を送っています。日本では20歳代に結婚して、遅くても30代には子どもを産んでと、決まったシナリオを押し付けようとする傾向があります。女性研究者が博士課程を終え、留学すると30歳を過ぎてしまい、出産のタイミングなどで悩んでしまう人が多い。でも自分の中で大事なことはいくつもあるので、それにどんな順番、プライオリティをつけるのかは自分自身なのです。必ずこうしなければならないという正解なんてありません。私は30代後半で出産しましたが、その年代で遅いというわけではありませんし、逆に大学院時代に結婚して子どもを連れて留学した人もいます。あまりまわりの常識にとらわれることなく、もっと自然に自分の価値基準で人生を決めていったらいいと思いますね。子どもが小さいうちは、たしかに研究に思い切り時間をかけることができない面もありますが、子どもからもらっているパワーも大きいものです。

ハーバード時代に知り合った研究者仲間と、毎年家族連れでキャップを行っている。

ハーバード時代に知り合った研究者仲間と、毎年家族連れでキャップを行っている。

───中高校生へのメッセージをいただけますか。

これから大学に進学しようとするとき、どんな職業に自分が向いているかを考え、自分を型にはめてしまう若い人が多いような気がします。でも、実際は一つの仕事でも人によってやり方はいろいろあるはずなので、何を選択したとしても自分なりのスタイルは見つかるはずです。自分が何に適性があるのかを考えるよりも、何に興味があるのかを探すことのほうが大切かなと思います。
それと、自分がしている努力が何の役に立つのかにとらわれすぎないこと。何かに役立てようと思っていても役に立たないこともあれば、また思わぬ形で役に立つことはよくあることですから。
最後に、研究者の資質としてはまず論理的であることが要求されるので、ロジカルに物事を考えるためにも国語、英語はしっかり勉強して文章力を身につけておくといいですね。

(2013年11月21日取材 2014年1月17日公開)

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