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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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生命科学DOKIDOKI研究室 15周年記念特別対談

01 再生医療のいま

再生医療との出会い

――お二人とも、早くから日本の再生医療を率いてこられ、日本再生医療学会の役員も務めておられます。15年前のインタビューと重なる部分もあるのですが、まずお二人がこの分野に足を踏み入れたきっかけや、再生医療の歩みを振り返っていただこうと思います。

大和

リドリー・スコット監督の「ブレードランナー」というSF映画があるでしょ。細胞から造られた人間そっくりのレプリカントが、人間に反旗を翻して社会に紛れ込んじゃう。それを見つけ出して抹殺するのが、ハリソン・フォードが演じたブレードランナーという特殊な警察官という設定で…。大学時代にその映画を見て「遺伝子工学によって細胞で人造人間を造るなんておもしろい!」と組織工学を始めた、と吹聴していたんです。でもホントのところは、理学系研究科を出ても就職口が見つからなくて、薬学部で助手をしていたときに、たまたま東京女子医科大学で再生医療の研究をするポストを紹介された。そこで、岡野光夫(おかの・てるお)*1先生のもとで、再生医療で細胞を培養して移植するときに使う細胞シートをどのように臨床応用していくか、角膜上皮や皮膚、心臓、食道、歯周組織など、さまざまな分野にわたって臨床の先生方と共同研究を続けてきて今に至るって感じですね。

*1 岡野光夫先生と細胞シートについては、以下の記事を参照ください。
フクロウ博士の森の教室1 生命科学の基本と再生医療
第21回 細胞シートで臓器づくりに挑戦
アニメーション https://www.terumozaidan.or.jp/labo/class/21/slideshow.html
インタビュー https://www.terumozaidan.or.jp/labo/class/21/interview01.html

高橋

私は京都大学で眼科医をしていたんですが、30代半ばに、脳外科医の夫とともにアメリカのソーク研究所に留学したんです。留学先が神経幹細胞を発見したフレッド・ゲージ(Fred Gage)博士のラボ。それまで「脳なんて再生しない」と思われていたんですが、そこで研究を始めて、「神経幹細胞から神経が新生するなら網膜細胞もできるに違いない!」と確信したんですね。でもまわりは脳神経の研究者ばかりでみんな眼には関心がない。「これは自分でやるしかない!」と日本に戻ってからも研究を続けました。
京大の助教授になって、神経幹細胞の移植研究は続けたのですが、神経幹細胞はあまり増殖できないので移植にはちょっと使えそうにない。そこで、ES細胞(胚性幹細胞)を使った研究を始めてES細胞から網膜の色素上皮細胞はできそうだというところまでこぎつけノウハウも蓄積できたのですが、他人の細胞で拒絶反応が起こるといった問題があった。そんなころ、2006年に京大の山中伸弥(やまなか・しんや)先生がマウスの皮膚細胞からiPS細胞をつくり、翌年にはヒトの皮膚細胞からの樹立に成功されたんですよね。ES細胞で臨床の手前まで行っていましたので、山中先生には驚かれましたが、臨床研究を「5年でやります!」って宣言しちゃいました。

iPS細胞登場のインパクト

大和

その山中先生が2012年にノーベル生理学・医学賞受賞を受賞されたでしょ。このインパクトは大きかったよね。2013年から10年間で1100億円という大規模な予算がついて、国家戦略プロジェクトが動き出した。
ところが悪い面もあって、iPS細胞はヒトの体のさまざまな臓器や組織の細胞に分化させることができるスゴイ細胞で、失われた体の機能を取り戻す「再生医療」がすぐにでも実現できるという大きすぎる期待が生まれちゃった。マスメディアのせいもあるんだけどね。再生医療というと、トカゲやイモリの尻尾や四肢が再生したり、小さく切り刻まれたプラナリアが再生したりするみたいに、失われた器官が元通りになるというイメージが強いでしょ。たとえば高校の生物の教科書でも、イモリやプラナリアの説明と並んで、iPS細胞がコラムで紹介されているんですよ。
再生医療によって、日本で進まない臓器移植の代替ができるという報道も多かったから、再生医療でもみなさんそれを期待しちゃう。自動車のF1レースでピットインしてエンジンやギヤボックスを新品のものと入れ替えますよね、それって言ってみれば臓器移植で、再生医療だとせいぜい車輪を取り換える程度なのに、エンジン丸ごと取り換えてピンピンしてるようなイメージがついてしまった。

高橋

私たちのチームは2014年9月に、自分の細胞をiPS化して網膜色素上皮細胞*2のシートをつくって移植するという、世界で初めての手術を実施しました。そのときも「ほぼ失明状態の人が光を感じられるようになるかどうかだ」ということを強調したのですが、多くの人は視力が劇的に回復して1.0になるというようなイメージをお持ちでした。

*2 網膜色素上皮細胞:視細胞は眼の中に入ってきた光を受け取り、脳に伝えるための電気信号に変換する役割を持つ。網膜色素上皮細胞(RPE細胞)は、視細胞の外側にあって、視細胞に栄養を与えたり老廃物を処理したりして、視細胞を正常に保つ働きがある。加齢によるRPE細胞の異常によって発症する病気のひとつが加齢黄斑変性で、世界的に主要な失明原因の一つ。

大和

iPS細胞でわーっと世間の期待が盛り上がって、もちろんいろんな研究は進んだけど、10年経ってちょっと期待がしぼんじゃった部分もあるよね。その大きな原因は、ステークホルダー(利害関係者)がいっぱいいて、みんな視線が違うところを向いていること。患者さんは自分が治ればいいと思っているし、先生は目の前の患者を治したいと知恵を絞る。でもそこに企業が入ってくると、儲けないといけないからマーケットがどうで標準治療がどうで、どれくらい差をつけて儲けられるかというところから話が始まってしまう。

臨床家が引っ張ってきた日本の再生医療

高橋

日本の再生医療って、マーケット志向(患者の数やニーズの大きさを中心とした考え方)ではなくて臨床家が進めてきたところに大きな特徴があると思います。臨床研究までは順調に来た。これからは研究から産業へと進めていかなくちゃいけない。ステージが変わりつつあるんですよね。

大和

高橋先生は眼科医から出発して、会社を興したわけだよね。

高橋

私はもともとの土俵が臨床で、現在の治療では治らない眼の疾患を治したいということが出発点なんです。だから14年に一例目の手術をしたのがゴールじゃなくて、そこからどのように標準治療にしていくかをずっと考えてきました。14年の手術に使ったのは患者さん自身の細胞なので免疫拒絶の心配がないけれど、そこから目的の細胞に分化させるには、「iPSソムリエ」ともいわれるくらいの特別な技能を持った人と施設が必要で、とてつもない費用がかかる。そこで、17年には他人由来のiPS細胞を使いました。網膜の細胞を量産する技術も企業と共同開発したのですが、次第にそこと考え方の違いが大きくなってしまったんです。でも私はなんとしてでも「完成された良い治療」を広く一般に普及したいということで、ビジョンケア社を立ち上げ、当時私は理研にいたのでビジョンケア社の現CFO(最高財務責任者)に社長をやってもらって、理研退所後の19年に社長になりました。

医療制度の仕組みから変えていきたい

大和

いま企業と医者、患者とでベクトルが違うって話をしたけど、これまでの医薬品は「ブロックバスター」といって、病気の原因を根本的に治すことはできないけれど、たとえば高血圧薬や高脂血症薬で血圧や血中コレステロールを下げるタイプの対症療法が主流でした。安いけれど一生飲み続けるから莫大な金額になるというもの。21世紀に入って出てきた分子標的薬*3や抗体医薬*4とかは、患者数は少ないけれど単価が高いので、これらも大きな売上げが見込めるものです。
ところが細胞治療となると、日本では、再生医療のターゲットを稀少疾患にしたこともあって、企業にとってはあまりうまみがありませんよね。もちろん加齢黄斑変性であれば対象患者は多いけど、一般的な治療にするにはやはり多額な費用がかかるわけで、それを健康保険でまかなうと国の保険財政が破綻してしまう。そのあたりはどんな作戦を考えているんですか。

*3 分子標的薬:病気の原因に関与している特定の分子だけを選んで作用するように設計された治療薬

*4 抗体医薬:人体には、病原菌などの異物(抗原)が体内に入ってくると、その異物と結合する抗体をつくり無力化する働きがある。この免疫反応の仕組みを活用し、病気の原因となっている物質に対する抗体を遺伝子組み換え技術などのバイオ技術を使い、人工的につくり出して体内に入れ、病気の予防や治療を行う薬のこと。

高橋

そこが製薬会社などと考え方が大きく違うところなんです。これまでの治療って、製品をつくって承認されたらマーケットに出して販売するというビジネスモデルしか頭にないんですね。でも細胞製品の場合、製品だけで治療にはならない。薬とか抗体医薬なら製品イコール治療で、注射するか飲んでもらうかだけですが、移植手術が必要な細胞治療とはそこにものすごいギャップがある。ですので、これから説明しますが、実用化までの開発の仕方が異なるんです。
ひとつは保険の問題。希少疾患に対する高額治療でなく、治療が普及した時にはたくさんの患者のいる疾患に対する高額医療になる。だから私は、医療保険制度の仕組みから変えていく必要があると考えてるんです。民間保険の「先進医療特約*5」のような仕組みを作って、自由診療だけど学会などが医療の質を担保した高度医療の枠組みで、高額でも先進的な医療を多くの人が受けられるようにしたいと、いまいろいろなところで提唱しています。

*5 先進医療特約:高度な医療技術を用いる研究段階の先進医療を利用して治療を行った際に、公的医療保険の対象外なので、その実費等を特約の上限内で保障する保険商品。

もうひとつは治験*6の問題。治験のやり方だって、細胞治療と薬とは同じように進めるわけにはいかないんです。薬だったら二重盲検試験で、開発した薬とプラセボ(偽薬)を患者に投与するんだけど、投与する医師もどっちの薬か分からない状態で試験するわけですよね。
でも効果が見込めるかどうかわからないのに手術をするなんてことは、倫理上おかしい。ですから細胞治療の場合の治験は、専門の医師が本当に効く人を臨床研究とか先進医療でまず洗い出して、その効果がわかってから、「あなたには効きますから」というふうに対象者を見極めて治療していくのがいい。いまは未だそのように見極められていないので、遺伝子治療や細胞治療で第Ⅲ相試験での失敗も多いのです。
そんなふうに、医療制度の仕組みから変えて、ダーウィンの海*7を乗り越えていこうと思っています。

*6 治験:基礎研究で有効性が期待された薬や医療機器による治療法、新しい診断法などは、動物で安全性や有効性を確かめる前臨床試験を経たあと、ヒトに対して有効性や安全性をさまざまな角度から調べる臨床試験が必要で、それを治験といい、第I相から第III相まで3つの段階をふむ。第I相試験:少数の健康な成人を対象に主に安全性や薬物動態などを調べ、副作用の有無や適切な投与量を調べる(ただし、iPS細胞などの細胞を医薬品として使う場合や、抗がん剤などの一部の薬では、健常者ではなく患者を対象とするなど例外もある)。第II相試験:少数の患者を対象に、既存の薬やプラセボと効果を比較し、有効性と安全性などを調べる。第III相試験:多数の患者を対象に、有効性、安全性、使い方を最終的に検証する。

*7 ダーウィンの海:新事業立ち上げにあたっては、研究→開発→事業化→産業化というプロセスがある。新製品が開発され事業の立ち上げに成功したあとに待ち受ける他企業や既存商品との厳しい生存競争のことを、ダーウィンの進化理論の自然淘汰になぞらえて「ダーウィンの海」と呼ぶ。

大和

研究から産業のステージへという話があったけど、抗体が医薬品としてぐわーっと普及するまでに、基礎科学で20人ぐらいがノーベル賞を受賞してるんですね。モノクローナル抗体*8をつくったセーサル・ミルスタイン(César Milstein)とか、免疫寛容のフランク・マクファーレン・バーネット(Frank Macfarlane Burnet)、免疫制御理論のニールス・イェルネ(Niels Kaj Jerne)とか…。それぐらい基礎が充実して初めて産業になってるわけ。
細胞治療、再生医療は、山中伸弥先生のあとに続くノーベル賞研究者がいないのね。そういう意味では、まだまだこれから。基礎のところを一生懸命やってノーベル賞を積み上げて、高橋先生が描くような未来を本当にリアライズしてほしいなと思っています。

*8 モノクローナル抗体:特定の抗原だけを認識して攻撃する性質を持つようにつくられた抗体のこと。モノは「単一の」、「クローナル」は「ある親株と同じ遺伝子を持つ=クローン」名づけられた。

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