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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第9話 音で“見る”世界

調査のまとめドッキンレポート

コウモリってどんな動物かな

みんなはコウモリを知っているかな? 夕暮れの空を飛ぶ姿を見たことがある人もいれば、図鑑やイラストでしか知らないって人もいるかもしれないね。自力で飛べる唯一の哺乳類で、翼のように見える部分は、実は前肢(ぜんし、前足のこと)ドキ。
世界には1300~1400種、日本には30ちょっとの種類がいる。哺乳類の種の数が5000~6000種といわれているから、その4分の1ぐらいがコウモリ。すごく多様性があるんだ。
「血を吸うから怖い」なんて思っている人もいるかもしれないけど、血を吸うのはたった3種類だけ。魚やカエルを食べるコウモリもいるけど、多くは飛んでいる昆虫を食べているんだって。
興味深いことに、コウモリの多くは天敵(タカなどの猛禽類、カラス、イタチなど)に襲われる危険の少ない夜に活動しているんだ。

音で“見る” 「エコーロケーション」

コウモリは暗闇でよく見える目を持っているわけではないという。それなのにどうして暗い夜にエサをつかまえたり、洞窟の中を飛び回ったりできるんだろう?
それは多くのコウモリに「エコーロケーション」という能力があるからドキ!
エコーロケーションとは、日本語では「反響定位(はんきょうていい)」といい、音の反響(エコー)をとらえることによって、獲物の位置や距離、周囲の環境などを把握すること。例えば「やまびこ」を思い浮かべてみて! 山に登ったとき、向こうの山や谷に向かって「ヤッホー」と叫ぶと、「ヤッホー」の声が返ってくる。戻ってくる時間が長いほど、山や谷が遠くにあることがわかるよね。
それと同じように、コウモリの脳にもどれくらいの時間で「ヤッホー」が返ってくるかを計算する仕組みがあって、エサになる獲物の距離や大きさを聴き分けたり、音色でいつも食べている虫か別の種類かを区別したり、ぶら下がることができる天井の穴の位置を把握したりしているんだって! つまり音で世界を「見ている」ってこと。すごいドッキ♪

コウモリは口や鼻から音波を放射し、獲物や障害物から跳ね返ってきたエコーを耳で聴くことで周囲の環境を把握している。

見たいものの大きさにあわせた超音波を使う

コウモリならすべてエコーロケーションの能力があるってわけじゃない。例えば沖縄に生息するフルーツが大好きなオオコウモリは昼行性で目が良く、エコーロケーションを行わないんだって。
飛龍先生のラボで研究しているのは、日本でよく見かける「アブラコウモリ」と「キクガシラコウモリ」「ユビナガコウモリ」の3種類ドキ。いずれも夜行性でエコーロケーションの能力を持っているよ。

アブラコウモリ
屋根裏や壁の隙間など家屋をすみかとする小型のコウモリで、「イエコウモリ」とも呼ばれる。頭胴長(体長):4~6cm、前腕長(前足を広げたときの長さ):3~4cm、体重:5~10g。公園や農地、河川、ため池など開けた場所で蚊やハエなどの小型昆虫を食べる。
北海道道央部以北を除くほぼ全国に分布。

ユビナガコウモリ
前肢の第3指(中指)の第2指骨がとても長いことから名づけられた。洞窟に生息し、数千頭もの群れをつくる。体の色は暗褐色。頭胴長:6~7cm、前腕長:4~5cm、体重10~17g。尾は体とほぼ同じ長さで、頭が小さく耳介(じかい)が短い。主食は蚊、蛾、トビケラなどの小型昆虫。
本州、四国、九州のほか、佐渡島、対馬などいくつかの島に分布。

キクガシラコウモリ
鼻の一部が広がって菊の花に似ていることから名づけられた。頭胴長:5~8cm、前腕長5~6.5cm、体重:17~35gの大型のコウモリ。洞窟、トンネル、廃坑などに生息。蛾、ゲンゴロウ、コガネムシ、セミやアブなどの比較的大きい昆虫類を食べる。
北海道から屋久島まで分布。

コウモリはエコーロケーションを行うとき、口または鼻の孔(あな)から10kHz~200kHzの周波数*の超音波**を出す。なぜコウモリがこんな高い周波数を使うかというと、獲物である昆虫を捕らえるためなんだって。

キクガシラコウモリの場合は鼻孔が超音波の送信装置だ。

*周波数:音の波が1秒間に振動する回数。単位はHz(ヘルツ)が用いられる。
**超音波:一般にヒトが聞き取れる周波数(可聴域)は、低い音で20Hz、高い音で20kHz。人の耳に聞こえない20kHzを超える高周波数の音を超音波と呼ぶ。

注:イルカがエコーロケーションに用いる主な周波数帯域は10kHz~150kHzである。

コウモリが使う超音波のタイプとは!

さて、超音波を使うといっても、種によってエコーロケーションのために発せられる音声(以後パルスと呼ぶことにする)のタイプが違う。コウモリは音声のタイプによって大きく2種類に分けることができるよ。ユビナガコウモリとアブラコウモリは、「FMコウモリ」。FMというのは、Frequency Modulation(周波数変調)の略で、周波数つまり音の高さの範囲が広く、多くは周波数が短時間に下降するFM音を用いるタイプ。

アブラコウモリから放射されたFM パルス

もう一つが、周波数が一定のまま持続するConstant Frequency(周波数定常)音の前後に、短いFM音が付いた「CF-FMコウモリ」で、キクガシラコウモリがこのタイプだ。

キクガシラコウモリから放射されたCF-FM パルス

周波数の帯域が広くて時間が短いFM音は、パルスとエコーの時間差の計測に有利で、獲物までの距離や角度の計測に適している。また、獲物の特徴を捉えやすい。
一方、周波数が一定で持続するCF音は、音声が遠方まで届くため、遠くの獲物を見つけるのに適している。そしてCF-FMコウモリは、CF音の周波数付近の聴覚の感度がとても高い。
本来ならば飛行中のコウモリに届く獲物(昆虫)からのエコーの周波数は、獲物に対する自らの相対速度に応じてドップラー効果*によって上昇する。それを、CF-FMコウモリは自らの飛行速度に応じてパルスの周波数を調節することで(=「ドップラーシフト補償行動**」)、獲物の昆虫から返ってくるエコーを常に聴覚の感度の高い周波数で受け取っている。そうすることで、獲物の羽ばたきによる微小な周波数の変化も逃さずキャッチし、昆虫の種類まで“見分けて”いるんだって。すごいドッキ!!

*ドップラー効果:音源が移動したり観測者が移動したりするとき、観測者に届く音波の周波数が異なること。救急車が近づいてくるときと遠ざかるときとで音の高さが違って聞こえるのはその一例。
**ドップラーシフト補償行動:コウモリはドップラー効果によるエコー周波数のシフトを打ち消すように、飛行中はパルスの周波数を低下させて、聞こえるエコーの周波数が一定になるように調整している。

飛行中はエコーの周波数が上昇するため、パルスの周波数を低下(約69.4→67.7kHz)させ、エコーの周波数を一定(約69.4kHz)にしている。

FMコウモリも、獲物を探すときと捕まえるときとで、放射するパルスの“形”を変化させていることがわかっている。昆虫を探しているときには検知に適したCFにちょっと似た長くて狭い帯域のパルスを放射し、昆虫を見つけたあとは、徐々に周波数の帯域幅を広げ短い時間のパルスを放つんだ。

FMコウモリは、獲物を探すときと捕まえるときとで、放射するパルスを柔軟に使い分けている。

コウモリたちは、周波数のほか、放射する音の強さや時間の長さなどをさまざまに変化させながら、エコーロケーションを行っているんだね!

一緒に飛ぶとき、エコーは混信しないの?

ところでコウモリたちは洞窟の中で集団で飛んでいる。このとき暗闇の中でどうしてぶつからないのだろう? エコーが自分のものか他のコウモリのものかを、どう見分けているのだろう?
この謎を解くために、飛龍先生たちはユビナガコウモリの背中にわずか0.6gのマイクを装着し、単独で飛ぶときと4匹同時に飛ばしたときの周波数を比較してみた。すると、集団飛行のときは、互いの超音波が混じらないように、周波数を巧みに調整していたんだって!

左:受信機から送信機に情報を送るテレメトリー(無線通信)機能を搭載したマイクロホンを装着したユビナガコウモリ。

テレメトリーマイクで録音したユビナガコウモリの飛行中の放射音声。約100kHzから約45kHzに降下する。最も低下した周波数が「終端周波数」。FMコウモリではこの近辺の感度が良いことから、位置や距離を測るエコーロケーションで重要な周波数帯域とされている。

集団飛行中のコウモリの飛行軌跡(上)と放射した超音波の終端周波数の時間変化(下)。
単独飛行時には4匹は同じような終端周波数を使用(左)していたが、同時に飛行したときは終端周波数が重ならないよう、周波数差が拡大していることがわかる。

コウモリロボットを開発

飛龍先生たちは、コウモリが集団飛行するときに混信を避ける仕組みや、一連の研究で発見したエコーロケーションのさまざまなテクニックを再現するための“コウモリロボット”を、企業やロボットの研究者たちと共同で開発し、実験を続けている。

開発したコウモリロボット

「再現実験例として、研究から導き出した理論通りに、ロボットが混信を回避してお互いにぶつかることなく動き回れるかどうかを確かめています。ロボットで実験するといろいろなトラブルが出てくるのですが、コウモリでは同じトラブルがなぜ起きないかなど、いろいろな気づきがありますね。送信と受信だけの限定されたセンサーで、コウモリのように高い精度で空間を把握できるロボットを作ることができれば、クルマの自動運転や自律飛行するドローンなどの技術にも応用できるはず。
例えば、ドップラーシフト補償行動は、私たちのエンジニアリングの発想であれば、出す方の音を一定にして、戻ってくる音を計測して解析しますが、それだと受信側をいろいろな音の範囲に対応させなければならない。コウモリが採用しているのは、エコーを一定にして解析するという人間と真逆の発想です。自分の一番感度の良いところに特化することで、脳が小さくても驚くほど柔軟で精巧な空間認知ができるんです」
と、飛龍先生は教えてくれたドキ。

飛龍先生がこれから挑戦したいことの一つが、複数のコウモリロボットがお互いに衝突せず同時に走行させること。いろいろな研究を重ねることで、コウモリのエコーロケーションの秘密が理解できるようになるんだね。

ヒトはコウモリみたいになれる??

クルマやドローンだけでなく、視覚に障害のある人がコウモリのエコーロケーションのテクニックを使って、空間を把握することができるといいのになぁ。
「実は、舌打ちの音を使ってエコーロケーションを行い、自転車に乗ることができる人もいるんですよ。現状では相当な熟練が必要だと思いますが、コウモリのエコーロケーションの理解がもっと進めば、視覚障害者が『音で見る』ためのさまざまな技術に応用できるかもしれません。
また、私たちのラボの研究で、エコーロケーションを経験したことがない人でも、物体の反響音を聞くことでエッジの形状や素材の違いなどを聞き分けることができることがわかってきました。最新のデジタル技術と組み合わせることで、すべての人が『音から見える世界』を知ることができたら楽しいと思いませんか」

博士課程でコウモリと出会う

飛龍先生がコウモリ研究を始めたのは大学院の博士課程のときだという。
「修士課程を卒業して、企業で大型コンピューターの電源システムの開発に携わっていましたが、研究をやりたくなって2003年に博士課程に入りました。恩師の先生方がちょうどコウモリの超音波の研究を始められたところで、一緒にやらないかと声をかけていただいたのがコウモリとの出会いです」

当初は台湾から輸入したコウモリを使っていたが、死んでしまった。この年はちょうどSARS(重症急性呼吸器症候群)が大流行した年で、コウモリの輸入は禁止。そこで国内で手に入れようと、日本にどんなコウモリがいてどこをねぐらにしているかを調べ、捕まえにいき、試行錯誤を重ねて飼育法を確立したことが博士課程での最初の仕事だったんだって。

洞窟で研究に使うコウモリを捕獲

「コウモリに搭載する小型の記録計も手作りする必要がありました。また実験室だけでなく、野外での行動を計測することの大切さに気づき、そのための機材を工夫するなど、エコーロケーションを探るためのさまざまな計測手法や解析手法を開発。そのうち、飛行ルートをシミュレーションするための数理モデルを作ろうとか、ロボットもやりたくなって、当然自分一人ではできませんから専門家の方に『こんなことがやりたい!』と共同研究を持ちかけたり、コウモリに興味を持つ企業と共同研究を進めたりして、どんどんネットワークが広がっていったのです」

さまざまなアプローチが必要なコウモリ研究

コウモリ研究は、コウモリの行動や生態を観察する動物行動学、コウモリの感覚系の機構や機能を調べる脳科学、音響工学や計測工学などのエンジニアリング、計測した結果を解析するデータサイエンスなど、さまざまな分野がクロスオーバーしている研究ドキ。
「私は電子工学が出身だったので、さまざまな場面で自身の専門が工学でよかったと思うことがあります。物理や数学が苦手だから…という人もいるかもしれないけれど、例えば波長やドップラー効果の話など、生き物を理解するときにちょっとした物理がわかっていると、理解がぐっと深まります。みなさんにはぜひ、融合領域であるコウモリ研究のおもしろさを知ってほしいですね」

コウモリについてもっと知りたい人におすすめ

船越公威・福井大・河合久仁子・吉行瑞子/著
『コウモリのふしぎ 逆さまなのにもワケがある』

(技術評論社 2007年7月刊)

初心者向け。コウモリはなぜ逆さまなの? 逆さまでおしっこや出産ができるの? 超音波を使うとき、混線しないの? コウモリの日常生活に始まり、エコーロケーションの不思議、繁殖、子育てと教育方針、コウモリの体の秘密や進化についてわかりやすく紹介されている。

船越公威/著
『コウモリ学-適応と進化』

(東京大学出版会 2020年8月刊)

空飛ぶ哺乳類であるコウモリの分類と分布、翼や体毛、骨や歯などの形態、ねぐらや採食行動、成長の様子と繁殖、コウモリの配偶システムと社会、飛び方や冬眠、進化などが、詳細な図版とともに解説されている。

J.D. オルトリンガム/著、松村 澄子/監修、コウモリの会翻訳グループ/訳
『コウモリ―進化・生態・行動』

(八坂書房 1998年5月刊)

コウモリはどのように進化してきたのだろう? どのように超音波を使ってエコーロケーションをするのかなど、生態学、行動学、生理学、空気力学を踏まえ、解説する。 少々古いが、図版が豊富でコウモリ学の古典といえる本。

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(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

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