中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

バイオプリンターで生きた臓器をつくるには課題がいっぱい

「いままで、組織工学的な手法でからだのいろいろな組織をつくろうと取り組まれていますが、実用化の段階にあるのは、上皮や角膜、軟骨など、まだ薄くて単純な一種類の細胞でできた組織に限られています。心臓、肝臓、腎臓などの臓器は、何種類もの細胞でできたミクロで立体的な3次元構造を持つ、もっと高度で複雑な組織です。それぞれの細胞がそれぞれの場所で臓器を担う働きをしているんです。こうした臓器をつくるには、生きた細胞を打ち出せるインクジェット3Dバイオプリンターが適していると思います」
と中村先生は言う。ただし、これを実現するためには、まだまだ乗り越えなければならない課題が山のようにあるという。

「いまの段階ではゲルの中にやっと細胞を配置させた状態で、とても血管をつくったなどとは言えません。一言で血管をつくるといっても本当の血管を作ることは大変な作業なんです。血管には、血管内皮細胞、平滑筋細胞、線維芽細胞などがありますが、これをただ並べただけではだめ。血圧に耐えられるような丈夫なものに育てなければならないし、そのためには細胞組織をどう培養していくか、また、それらの細胞にどのように栄養補給していくかなど、新しい研究をしていかなければなりません」
「ただ、3次元に細胞を配置して培養できる技術は、今後のライフサイエンスの研究には欠かせません。培養した細胞に薬が効くかどうかの検証も、2次元と3次元とでは大きく違うこともわかっています。また、できるだけ人の手を介さずに、機械で作製することも、大量生産や安全の観点などからも重要になってくるはずです。3Dバイオプリンターの活躍するフィールドはとても広いと確信しています」

数多くの課題をクリアし、研究を続けていくためには、なんといっても研究資金が必要だし、生物学、医学、理工学など、それぞれの分野の優秀なスタッフが一緒に研究に打ち込める環境が重要だと中村先生は力説する。
いまの中高生が社会に出て活躍するころには、こうした再生医療、組織工学の分野は大きく進展しているだろう。

最後に、生命科学や、医療工学の分野に進みたいと考える中高校生に、中村先生は「教科書を書き換えるような研究者になってほしいとメッセージを送ってくれた。
「私が医師をしていたとき、病棟医長の先生から、君たち医者になったからといって、君たち医者が偉いのではない。このような医学の教科書を書いた人、ここに書かれてある診断治療の技術を確立させた人が偉いのだ、と科学や技術を生みだす人の大切さ、尊さを教えられました。すべての医師は医学の教科書に書かれた知識や技術をベースにして自分の技量を磨いている。優れた教科書によって実際の医療が行われて行くわけです。でも、教科書はあくまで、現時点の医学、医療技術でしかありません。新しい医療技術を生みだすことは、このような教科書を書き換えていくことにつながります。教科書を書き換えられれば、日本中、世界中に影響を与えることができるのですから、本当に医学の進歩に貢献できるのです。」

(2010年9月24日取材)

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