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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第20回
細胞に毛が生えているってホント!?
生命誕生と進化の鍵を握るミクロの毛

第1章 講義

1-1 生き物の色と形にワクワクした日々

稲葉
まず皆さんに意識してもらいたいのが、「好きなことだったら力が出る」ということ。何を見たときにゾクゾクしたり、ワクワクしたり、ドキドキしたのか? それは何でもいいと思うんですね。僕の歳になっても見つからない人もいるだろうし、まさに一生の問題。進路をきっちり決めるより、何が自分に向いているのかを考えるより、まずは好きという気持ち。ワクワクするようなことをすれば力が出るし、一生をかけるやりがいがあると思います。もちろん、これだというのを見つけて進んでもいいんですよ。
さて、僕が何にワクワクしたかというと、こういった色や形です。例えばヒガンバナやカラスウリ、触ると棘(とげ:刺毛)が刺さって痛いイラクサ。何でこんな棘があるのだろう? 田舎で遊んでいたから、今でもこういうのを見るとワクワクする。小さいころに見た色や形にすごく興味があります。
稲葉
これも草花ですが、すべて食べられます。春はワラビやゼンマイ、ノビル、セリを摘み、秋にはアケビを取って食べました。この分野の研究をしているわけではないのですが、花や葉、実の色や形にワクワクします。あと、昆虫も好きで、スズムシを飼って卵から孵化(ふか)するところを見たりしました。
中でも一番好きだったのが魚。やはり色とりどりで、オイカワという魚はある時期になるとすごくきれいになる。婚姻色といって繁殖期に色が変わり、オスとメスの違いが出てきます。ウグイもそうで、この辺りの稲生沢川(いのうざわがわ)や河津にもたくさんいます。こういう魚を見たり捕まえたりして、生き物が好きだなあと。

写真上が婚姻色が出たオイカワのオス、下がメス

稲葉
ポケモンなど皆さんにも好きなキャラクターがいると思いますが、僕らの時代はウルトラシリーズやウルトラマン、仮面ライダー。仮面ライダーもかっこいいけど、僕は怪人が好きでした。怪人は、例えばウニやシオマネキ、カブトムシやホタルなど、あらゆる生物を模しています。
当時、周囲からテレビやマンガをあまり見てはいけないと言われましたが、子どもはどうしても好きなわけです。そんなワクワクする気持ち、時々自分自身を振り返って何が好きなのか考えるのは大事だと思います。

1-2 ミクロからマクロまで、不思議がいっぱい

稲葉
それから、幼いころ体が弱くてよく通っていた病院にあった人体解剖図をずっと見ていたせいか、見えない体の中にすごく興味がありました。
体の中といえば、『ミクロの決死圏』という映画をご存じですか。主人公がミクロ化して潜航艇に乗り込み、体内でミッションを遂行する。円盤のような赤血球が飛んでいる血管を通って脳にできた血腫(けっしゅ)を取り除く……、決められた時間内に体から出ないと死んでしまう。見ていて、すごくワクワクする。当時の映像なので少し安っぽいのですが、なかなかスリルがあって面白い映画です。
 
※1966年公開のアメリカのSF映画。
稲葉
生物学科に入ったからにはいろいろ学ぼうと思い、生物に詳しい同級生と話したり、一緒に山登りとかする中で、生物や細胞にだんだん興味がわいてきました。ただ、小さい方向にどんどん行ったわけではなく、幼いころから天体にも興味がありました。これは下田港で撮った日周運動の写真ですが、小さいものからスケールの大きなものまで全部興味がある。
ミクロとマクロ、スケールの違いは不思議なんですね。小さいから単純になるわけではなく、小ささを突き詰めていくと、例えば化学なら炭素と酸素の結合があって、電子がこうなっていて、量子の世界までいってもさらに複雑になる。小さいからといって単純ではない。そして、大きな世界にも似たような関係がある。どの世界にも何らかの規則性があり、そういうところがすごく面白いと思っているわけです。

1-3 鞭毛・繊毛の構造と動く仕組み

稲葉
最初はウニの精子の研究から始めました。ただ、これがやりたいから東大の大学院に行ったわけではなく、大学の先生が「ここ、いいかもよ」と教えてくれたからです。実は「まあ、やってみるか」くらいの気持ちでした。もっと意思がしっかりしていて、「よし、ここをやるんだ。この先生のところに行くんだ」というのに越したことはないのですが、僕は行ってみて、いろいろ知ったら面白くなってしまうタイプなのかもしれません。
さて、この精子ですが、長さが約50μm。1mmの100分の1が10μmなので、もう目では見えません。そして、鞭毛の太さは0.2μm。その中に10nm(ナノメートル)、つまり10の8乗分の1mのモーターが入っていて、すごいスピードで激しく動いているんですね。小さい、だけど複雑。こういうミクロの世界の不思議さ、精密さに興味を持ちました。
鞭毛を輪切りにすると、中央に2本のシングレット微小管(中心対微小管)が通っていて、その周りを2つの管がくっついたダブレット微小管9本が取り囲んでいます。こうした構造は「9+2構造」と呼ばれ、ほとんどすべての鞭毛や繊毛に共通して見られます。そして、ダブレット微小管から隣の微小管に突き出ているのが「ダイニン腕」で、内腕と外腕が規則的に並んでいます。このダイニン腕はダイニンという分子モーターで、ATP(アデノシン三リン酸)を分解して得られるエネルギーで力を出します。こんなに複雑で、形や模様もきれいなシステムから激しい動きが生まれることも非常に面白いですね。
稲葉
中の分子モーターがどう動いて、精子の鞭毛が動くのかを解説したCG動画があるので見てみましょう。ダブレット微小管は片方のダイニンが力を出したら、次はもう片方と、シーソーのようにギッタンバッコンやりながら動いています。何度も言いますが、モーターの役割を果たしているダイニンは10nmくらいの大きさ。ナノメートルの機械がこうやって動いて精子の運動になっていく……、素晴らしいと思います。実は皆さんの体の中にも、このような毛がたくさん生えているんですよ。

9+2構造の⽚側のダイニンが滑ることにより上下どちらかの屈曲が起こる
(Science, Apr 27, volume 360(6387):doi: 10.1126/science.aar1968から抜粋)

微小管の滑りと屈曲の関係

ダイニンの動きには方向性があり、ダイニン自らが結合している微小管はマイナス端に向かって動く。すると、隣の微小管はプラス端に滑る。このとき鞭毛・繊毛の根元が固定されていると、屈曲が生じる。これが鞭毛の波打ち運動の基本的なメカニズム。

出典:稲葉先生著『毛 生命と進化の立役者』

1-4 海の生き物の鞭毛・繊毛

稲葉
海の生き物を見ると、毛だらけです。もちろん目では見えませんが、これらの写真は僕が研究している海の生き物と、そこに生えている毛をムービーで撮ったものです。
稲葉
これはカタユウレイボヤで、精子はこんな運動をしています。今はスロー再生なので、実際はもっと速いですよ。
稲葉
この写真は渦鞭毛藻(うずべんもうそう)の仲間で、サンゴと共生しています。今、サンゴの白化が問題になっていますね。サンゴは渦鞭毛藻からエネルギーを得ているのですが、温暖化などでこれが逃げると白化する。鞭毛が生えているので、簡単にサンゴから離れて海の中に逃げてしまいます。
稲葉
次の写真は褐藻類(かっそうるい)といい、下田にはたくさんいますが、今だんだん海藻が枯れてきちゃったよね。ワカメやコンブ、ヒジキ。あと、ハンバノリって知っていますか? 春先になると時々売っている高級ノリです。こういった褐藻類の遊走子や配偶子、精子には鞭毛が2本生えていて、海の中を泳いでいます。
※無性生殖を行う胞子の一種。鞭毛を持ち水中で遊泳運動をする。
稲葉
マガキガイはこの辺にもたくさんいる巻貝ですが、周りでチョコチョコ動いているのは実際に受精する精子(正型精子)。中央の2つは受精しない異型精子。自身では受精しないけれど、受精する正型精子を助けます。いろいろなオスが1匹のメスを相手に交尾するのですが、自分の精子を残そうと、受精しない精子が他のオスの精子を邪魔したりして、受精に関係している少し変わった精子です。
稲葉
ウニの幼生です。幼生には毛が生えていて、プランクトンとして海の中を泳いでいます。
稲葉
これは後で実物をお見せできると思いますが、クシクラゲ。分類学的には、刺すクラゲとは別の動物です。クシクラゲは動物が進化してきた最初の生き物、多細胞動物の起源である可能性が指摘され、注目を集めています。
世界中の人が研究していて、そういった進化的なこともさることながら、僕は櫛板(くしいた)という構造に興味があります。数万本の繊毛が束になり1枚の板のようになっている。繊毛が規則正しく並んでいるので、光が当たるとタマムシの羽のようにキラキラと虹色に輝きます。クシクラゲは東大の助手のころ海で初めて見て研究したいと思ったのですが、なかなか機会がなかった。下田に来て少し落ち着いたので、「そろそろやるか」ということで捕まえて、水族館の人に聞きながら研究しています。
このように海には鞭毛・繊毛を持つ生き物がたくさんいて、まさに毛だらけ。海の中のミクロの世界で動くには、毛がすごく重要です。生物の進化上、単細胞生物から例えば魚やクジラのような多細胞生物にいたるまで、毛はすべての生き物で重要な役割を果たしているのです。

参考

クシクラゲの一種カブトクラゲ

虹色に輝く櫛板

櫛板:「くしいた」あるいは「しつばん」と呼ばれる。クシクラゲの体表に2列4組の合計8列存在し、クシクラゲに特徴的な運動器官として働いている。カブトクラゲの成体では、1列あたり数十枚の櫛板が並んでいる。各櫛板は、数千から数万の繊毛が規則正しく束ねられてできており、反射する光の干渉によって構造色を発する。

(出典:2019年10月11日、筑波大学プレスリリース「虹色に輝く『クシ』の謎」より一部抜粋)

1-5 ミクロとマクロはつながっている

稲葉
この小さな波打ち運動をして動くものを鞭毛とか繊毛といいますが、両者の違いは何か? 昔、鞭毛・繊毛と名づけられ、それを慣習で使っているだけなのですが、1つの細胞に1本か2本しか生えていない長い毛、つまり細胞当たりの本数が少ないものを「鞭毛」と呼びます。
それに対してゾウリムシなど、1つの細胞に毛がモジャモジャとたくさん生えているのを「繊毛」といいます。
細胞当たりの本数や運動の様式が少し違うので便宜的に分けていますが、鞭毛も繊毛も中を見たら先ほどの9+2構造は一緒。動くメカニズムも基本的に同じです。
稲葉
先ほど小さなものから宇宙のように大きなものまで、それぞれ複雑で面白いと話しましたが、その間はみんなつながっている。例えば、9+2構造の中で分子の機械のようなものが出てきましたね。あれはこの毛1本の中の構造ですが、皆さんの体の中を見ると、動く繊毛はいろいろなところに生えています。
例えば、気管。その中の表面(上皮細胞)にはたくさん毛が生えていて、外からばい菌などが入ってくると、繊毛を動かして粘液とともに痰(たん)として外へ追い出す。体を防御するための最初の砦(とりで)ですね。
それから、脳の中にも生えています。脳室の表面に生えている毛は、脳脊髄液という体液をグルグルと循環させている。この毛に異常が発生して循環がおかしくなると、水頭症という脳脊髄液がたまる病気になってしまいます。先ほどお話ししたように、毛はもちろん精子にもあるし、排卵した卵を送り出す輸卵管にも生えています。
ゾウリムシやウニの精子が水の中で泳ぐとき毛が重要だと言いましたが、こんなに体が大きくなっても、体の中のミクロの世界ではやはり水を動かすことが重要なんですね。重要だから、進化的にずっと残っている。僕らも水がなければ生きられないし、その水が必要なところにはこういった鞭毛・繊毛が生えているということです。
稲葉
海の中を見ると、そこはプランクトンでいっぱい。プランクトンは海の生き物の基礎になっています。植物プランクトンを動物プランクトンが、動物プランクトンを小魚が、小魚を大型の魚が食べるといった食物網の基礎となっている植物プランクトンの多くは鞭毛で動きます。日が昇ると海面付近に集まり、日が沈むと散っていく植物プランクトンを追って動物プランクトンが来る。それを追って小さな魚が来る。つまり、海の生態系は植物プランクトンの移動にすごく依存しているんですね。
今、こういう研究があります。地球温暖化によってCO2が増えると、海のpHが下がる海洋酸性化が起こる。この海洋酸性化が起こると、植物プランクトンの鞭毛がおかしくなってしまい、うまく移動できなくなるという証拠が得られています。植物プランクトンがおかしくなると、魚の分布をはじめ、すべてがおかしくなってしまう。
僕が言いたいのは、小さな世界だけれど、この小さな世界が実は大きな海洋や生態系などにつながっているということ。ありとあらゆるところ、イルカの体の中にも繊毛がたくさんあるので、そういったところにも海洋酸性化は影響してきます。
プランクトンが大増殖すると人工衛星からも見える。これはちょっと異常な現象ですが、やはり海流などに流されていろいろなところに分布していくんですね。世界の海に、この小さな数十μmの毛が関係しているという話です。

薄水色に見える部分が「藻類ブルーム(Algae Bloom)」。微小な藻類が高密度に発生して水面付近が変色する現象で、日本では赤潮、アオコ、青水などと呼ばれる

稲葉
ヒトの体の中を見ると、進化の過程で動かなくなった繊毛があり、それを「一次繊毛」と呼んでいます。動く毛は限られたところにしかないけれど、動かない毛は体中にある。そんな一次繊毛がおかしくなると、どうなるのか? 失語症や顔面奇形、内臓逆位、肥満、指が6本になってしまう多指症……、あの毛1本でなぜこうなるのだろうと、想像もつかないような病気になります。
実はこの動かない毛は、外からのいろいろな情報を受け取るアンテナの役割をしています。どの器官にも生えているのですが、そのアンテナがないと、その器官の働きがおかしくなってしまう。ミクロの毛が体というマクロレベルの現象にも働いているということです。
稲葉
繰り返しになりますが、地球の歴史は生命誕生の歴史ですから、原核生物から真核生物、そして私たちへと続く進化のプロセスのさまざまなレベルで小さな毛が働き、関係しているということ。難しいかもしれませんが、自分のアンテナをいつも伸ばしておくといいですよ。僕もこんな小さな毛の、その中のさらに小さなナノメートルのモーターを見ながら、宇宙のことまでとは言いませんが、もう少し大きなレベルでどう関係しているのかを考えています。横の糸・縦の糸といいますが、そういった関連が見えてくるので、自分がどれだけアンテナを張り巡らせているかが重要です。
最初に言いましたが、自分がどういうところでワクワクするか、ドキドキするか、これもアンテナです。いつもアンテナを張り、「よし、これだ」と思うものが出てくると、力が出せます。昔、アメリカ・スタンフォード大学の臨海実習で、こんなことを言った人がいます。Study nature, not books. 自然をそのまま学ぼう。教科書に載っているようなことは科学者が見てわかったことを述べているだけで、本当は違うかもしれない。だから、「まず自分の目で見よう。何の前知識も図鑑もなしで、素直に自分の目で観察しよう」ということですね。これは生物学、あるいはサイエンスだけでなく、音楽でも演劇でも、どんなところにも通じると思います。
 
※19世紀の博物学者であるルイ・アガシー(Jean Louis Rodolphe Agassiz)の言葉。アガシーは一般的に氷河時代の発見者として、また全5巻からなる『化石魚類』の著者として知られる。

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