公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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中高校生が第一線の研究者を訪問
「これから研究の話をしよう」

第20回
細胞に毛が生えているってホント!?
生命誕生と進化の鍵を握るミクロの毛

第2章 質疑応答

■鞭毛の波打ち運動はどうやって生まれる?

稲葉
この講義でも、本を読んだ感想でも、普段の悩みでも、何かあったら質問してください。
山田
先ほど見せていただいた精子の鞭毛のCG動画ですが、鞭毛の断面にある2つの部分を色分けしているのはなぜですか。
稲葉
ウニの精子の鞭毛は上下に波打ちます。鞭毛の中にダブレット微小管が9本あり、全部にモーターがついていて隣の微小管を運動させることまではわかっていますが、どうしたらそんな波になるのかがわかりません。ただ、真ん中にあるシングレット微小管(中心対)に対してほぼ軸対称である2つのモーターが交互に働くというのは、どうやら正しいらしい。なので、色分けしてあるのは、例えば一方がオンになるときは下向きに、もう一方がオンになると上向きに曲がるというふうに、オン・オフの違いを示していることになります。
では、その2つ以外のはどうしているのか? 面白いのは、中心対の軸対称からずれたところがオンになることがある。鞭毛が螺旋(らせん)で動くウナギなどの精子です。螺旋で動く場合、9本必要だということです。
一方がオンで、反対側がオフというけれど、どうやったらそんなことが可能になるのか? 交互にオン・オフされる仕組みというか、シグナルがあるはずで、それが何かわかっていません。最初からすごく鋭い質問が来ましたね。これは鞭毛研究のホットな部分です。

■運動をつくり出す、それぞれのモーター

榎本
バクテリアと真核生物では鞭毛の構造がまったく違うのに、どうして同じような動きになるのでしょう。
稲葉
どうして同じような波になるのか、不思議だよね。これはわかっていないし、僕はそれを突き止めたいと思うのですが……、せっかくなので少し生物の復習をしましょう。
よくバクテリアといいますが、学校で習う生物では多分、細胞のところで出てくるんじゃないかな。原核生物とか真核生物といいますね。地球上に生命体のようなものができ、自分で複製できるようになった最初の原始的な生き物が原核生物。いわゆる細菌であるバクテリアは、この原核生物です。原核というのは細胞内に核がない、核が膜で囲まれていないということ。一方、真核とは核が膜で囲まれた、DNAや染色体を閉じ込める袋ができたということで、それが真核生物です。
稲葉
バクテリアは、鞭毛を螺旋回転させて動きます。鞭毛の根元に回転モーターがあり、水素イオンの濃度の勾配をエネルギーとして利用しています。バクテリアの鞭毛はフラジェリンというタンパク質でできた繊維で、9+2構造を持たないため、そこにモーターは入っていません。真核生物と違い、非常に単純な構造。単なるひもなので、尻尾の先にいくと波が減衰する。真核生物の場合は、根元から尻尾の先までモーターが詰まっているので減衰しない。ここがすごいところだね。
でも、真核生物にはなぜこういう9+2構造を持つ鞭毛ができたのか、わかっていません。いろいろな説があり、どれが正しいのかわからない。はるか遠くの宇宙からやって来たのかもしれないし、ウイルスが感染したという説を出している人もいます。僕も突き止めたいと思っていて、ヒントは海にあると考えています。これも面白い、いい質問でした。
 
●原核生物、真核生物についてはこちらのページも参考に
https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/46/02.html
回転するモーターと滑るモーター、生き物ってスゴイ!

榎本悠吾(高校2年)

■どうして精子だけが単繊毛?

鈴木
ヒトの体の器官に生えている毛は多繊毛なのに、精子だけ単繊毛なのはなぜですか?
稲葉
単繊毛と多繊毛、これもいい質問です。例えばウニの幼生には毛がたくさん生えていますが、1細胞当たり1本。しかしヒトの場合、基本的に単繊毛なのは精子だけです。
受精して発生していくとき、マウスだと7日胚くらいのときにノードと呼ばれる領域ができます。この部分は、その後の心臓や肝臓などいろいろな器官ができる上でとても大事なところです。ここに生えている毛は精子と同じ単繊毛で、これが体の右から左に流れを起こし、体をつくるのに重要な物質を流します。この一方向な流れが心臓はやや左、肝臓は右、大腸は半時計回りと、臓器の非対称性を決めています。受精後、最初に現れる対称性の破れというか、対称性がなくなる瞬間です。
単繊毛をつくる仕組みは、おおよそわかっています。細胞の中にある毛の根元、これを基底小体といいます。細胞が分裂し染色体が倍になって2つに分かれるとき、染色体を両方の細胞の端に引っ張る糸(紡錘糸)があり、その根元にある部分を中心体と呼びます。繊毛の根元にある基底小体はこの中心体が変化したもの。正確にいうと、中心体を構成する2つの中心小体のうちの1つが変化してできたのが基底小体。つまり、繊毛が生えるのは細胞分裂と密接に関わっているということ。中心小体が変化してできた基底小体から毛がビューっと伸びる。これが単繊毛です。
稲葉
多繊毛はどうやってできるかというと、方法としては2種類あります。一つは、中心小体が複製されてたくさんの中心小体ができる。それぞれから毛が生えると、1つの細胞から複数の繊毛が生えます。もう一つの方法は、新しくいろいろな部品ができ、それらが細胞質で組み立てられて中心小体をつくり、それが表面に広がっていって毛が生えるパターン。単繊毛も多繊毛も基底小体から毛が生えるという意味では同じですが、毛が生える前に複製して複数の基底小体ができるのが多繊毛です。

多繊⽑のでき⽅。中⼼⼩体からたくさんの中⼼⼩体が複製されてそれをもとに多繊⽑ができる機構(上)と、細胞質の特別な構造から複数の中⼼⼩体ができる機構(下)が存在する。

稲葉
ノードの繊毛を除き、脳や気管、鼻腔などヒトの上皮細胞にあるのはすべて多繊毛。その理由は何か? 一つは、流体力学的に複数の繊毛が束になったほうが効率がいいという話。上皮細胞は口や鼻から侵入した異物や細菌、ウイルスを粘液とともに外に排出しなければならないので、1つの細胞当たり複数の毛が生えているほうが効率がいいということです。
では、なぜ精子は多繊毛ではないのか。受精後に最初の細胞分裂をするとき、精子が中心小体をたくさん持ち込んでしまうと、どうなるんだろう。染色体を引っ張る紡錘体がたくさんあると、分裂がおかしくなりますね。そういう理由が考えられます。
皆さんが疑問に思うことは、世界中の研究者が最先端でやっていること。だから、疑問を持つのはとても重要です。
初めて知った細胞に生える毛。でも、精子だけ単繊毛なのが不思議。

鈴木怜(高校2年)

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