フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第6回 免疫システム研究のおもしろさ (独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター センター長 谷口 克 氏インタビュー 宇宙から来た病原体にも対応する免疫システムはすごい!

フクロウ博士の森の教室 シリーズ1 生命科学の基本と再生医療

第6回 免疫
~「私でないもの」を見分けるしくみ

宇宙から来た病原体にも対応する免疫システムはすごい!

(独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター
センター長 谷口克氏 インタビュー

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谷口 克(たにぐち・まさる)
1940年新潟県生まれ。67年千葉大学医学部卒。74年同大学院医学部研究科博士課程修了。79年同医学部助手を経て80年から同大学教授。この間、オーストラリア、メルボルンのウォルター&エリザ・ホール医学研究所に留学、NKT細胞を発見し、その生体防御機能、免疫制御機能を明らかにする。96年~2000年千葉大学医学部長。97~98年日本免疫学会会長。2004年から(独)理化学研究所免疫・アレルギー科学総合研究センター長。著書に『新・免疫の不思議』『免疫、その驚異のメカニズム』など。

わたしたちのからだを病原体から守る免疫システムは、一方で他人からの皮膚移植や臓器移植に拒絶反応を起こす。また、花粉症などのアレルギーにも一役買っている。いったい、免疫ってなんなのか、わたしたちの強い味方なのか、それとも悪者なのか? 免疫システムの原理や免疫研究のこれからの課題などを谷口センター長にうかがった。

「自己」と「非自己」を見分けるシステム

───免疫って、一言でいうとどんなものなんですか?

免疫とは、血液中にあるリンパ球が司る生体防御システムで、病原菌などの抗原と、抗体が結合することによって、病気への感染から私たちを守ってくれるものだという固定観念をお持ちの人は多いでしょう。ただ、それはあくまで免疫システムの一面にすぎません。アレルギーなど、免疫反応が私たち自身を苦しめる場合もあります。「森の教室」でもお話ししたように、免疫は、からだの中に入ってきた「非自己」を認識し、非自己を排除する生命システムなのです。こうした「非自己を見分ける」という免疫反応の本質は、1980年以降の免疫システムの研究、分子生物学や遺伝子工学の発展によって、次第に明らかになってきました。

───たとえば、どんな研究がありますか?

免疫が「自己と非自己を区別する」にあたっては、胸腺での教育(選別)が重要な働きをするということは、「森の教室」で学びましたね。
このことは次の実験から明らかにされました。胸腺が先天的になく、成熟したT細胞になれず免疫反応が起こらない免疫不全マウスを用意します。
Aという免疫不全マウスにBのマウスの胸腺を移植してみます。そして、このAマウスにAの遺伝型と同じAの皮膚、胸腺の遺伝型と同じBの皮膚、さらにこれらとは無関係のCの皮膚を移植してみるのです。
移植後3か月もすると、免疫学的に自分と一致しない皮膚は拒絶反応によってはがれます。Bマウスの胸腺を移植されたAマウスはいったいA、B、Cのどの皮膚を受け入れるでしょうか。興味深いことに、Aマウスが受け入れたのは胸腺の遺伝型と同じBの皮膚でした。この場合、リンパ球はAの骨髄細胞から分化してきますので、Aの遺伝形質を持っていますし、Aの皮膚は本来自分のものであるはずなのに、赤の他人であるCと同様に、拒絶されてしまったのです! 胸腺の遺伝型と同じものを自己と認識する教育が胸腺で行われていたわけです。
しかし、もとの自分の皮膚を「非自己」として拒否したマウスの免疫システムは、その後、自分のすべての組織を攻撃して死んでしまいました。

───いわゆる自己免疫病ですね。「自己」と「非自己」を区別する免疫システムが機能しなくなるとたいへんです。免疫システムの奥深さを感じます。

そうですね。自己免疫疾患は、いまの医学でも治療がむずかしい病気のひとつです。「自己」と「非自己」の認識は、免疫システムにとって最重要なのです。
ところで、「自己」や「非自己」などというと、科学というより哲学や思想に近いように思われませんか。実際、免疫について考えることは、哲学的な意味も含まれてくるんです。
哲学の世界では、自己をどう認識するかは大事なテーマでした。高校生ならドイツのデカルトという哲学者の「われ思う故に、われ在り」という言葉を聞いたことがあるでしょう。
デカルトは、哲学の中心に自己(個人)を置いたけれども、免疫の世界では、未分化の免疫細胞が一人前になるプロセスで、「自己」と反応する細胞は死んでしまい、結果的に「非自己」とだけ反応するようになります。また抗体は抗原の形を認識し、それに対抗しようと自己を作り替えています。つまり、免疫的な考え方とは、自分が中心にあるのではなくて、相手以外のものが自分だというものの考え方といえます。
免疫の世界では、細胞同士が自由に動き回ってコミュニケーションをとっています。一人ひとりが孤立しているのではなく、コーヒーサロンのような場所があって、対話を交わしているのかもしれません。それは社会におけるヒューマン・コミュニケーションの問題にもかかわってくる。免疫からはそうしたことも教えられるんです。
こうしたことは、いますぐすべてを理解する必要はないし、理解できなくてもかまいません。でも、免疫システムが、ただからだの防衛システムであるにとどまらず、非常に奥深く、興味深い哲学的な問題をも含んだ存在であるということは知っておいてほしいですね。

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