フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」 第6回 免疫システム研究のおもしろさ (独)理化学研究所 免疫・アレルギー科学総合研究センター センター長 谷口 克 氏インタビュー 宇宙から来た病原体にも対応する免疫システムはすごい!

無駄なシステムがあるから、なににでも対応できる

───免疫システムの中で、いちばんすごいと思われるのはどんなところですか?

やはり、どんな種類の異物がからだの中に入ってきても、それを攻撃する抗体やリンパ球がつくられることでしょうね。抗体が認識できる異物(抗原)の形は、計算上は1000兆種類もあると考えられています。抗体(免疫グロブリン)はタンパク質でできていますから、1000兆種類にもおよぶタンパク質をつくることができなければなりません。
そのために、アミノ酸を指定してタンパク質をつくる遺伝子に工夫が施されています。第一の工夫は、両親からは抗体遺伝子の部品だけを受け継ぎ、それを組み合わせて抗体遺伝子をつくること。第二の工夫は、抗体遺伝子の部品をつなぐとき、自前で抗体遺伝子の一部分をつくることです。DNAはA,T,G,Cの4つの塩基が組み合わさった二重らせんの構造をしています。普通の遺伝子は、二重らせんの片方が切れても、もう片方の塩基配列に基づいて復元するのですが、抗体遺伝子部品をつなぐ場合、遺伝子部品の断端は、二重らせんの両方のDNAが切れてしまう。そうすると、完全にDNAに穴があいてしまうので、そこをA,T,G,Cの4つの塩基が埋め合わせようとします。
1つのアミノ酸は4個の塩基のうちの3個でつくられるのですが、DNAの切れた所に入る塩基はA,T,G,Cのどれかがランダムに入ってくる。その数も一定ではないので、できあがった抗体遺伝子からつくられるアミノ酸はすべて異なり、タンパク質の種類も違ってきます。このようにして、わたしたちのからだの中では、毎日毎日新しい組み合わせによる、予想もしないタンパク質(抗体)がつくられているのです。
こうしてつくられる抗体は、どれか特定の抗原のためのものではなく、たまたまその病原体に合った抗体が選ばれ、大量に生産されて病原体をやっつけるわけです。抗体が自分とぴたりと合う病原体に出会うとは限らないから、その場合はつくられた抗体は無駄になってしまうのですが、この無駄があるからこそ地球外の病原体にも対応できるタンパク質を準備することができるのですね。

───免疫は、ときにはアレルギーのようなマイナスの作用もします。

そうですね。ただ、アレルギーというのは、免疫システムの特別な作用ではないんですよ。
病原体をやっつける抗体には、IgM、IgD、IgG、IgE、IgAの5種類(クラス)があり、アレルギーに関係するのはその中のIgE抗体なんです。もともとは寄生虫などをやっつけてくれる抗体だったんです。
このIgE抗体は、花粉やそば、たまごなどのタンパク質分子と反応すると、ヒスタミンなどの化学物質を含んだ肥満細胞という細胞に働きかけ、その化学物質を放出させるのです。ヒスタミンなどの化学物質は、毛細血管を拡張させ、血液中から水分を漏れやすくしたり、感覚器官を過敏にし、気管や消化管にある筋肉を収縮させたりしていわゆるアレルギー症状を発症させる元凶なんですね。
免疫システム全体に命令を出す司令官役のヘルパーT細胞は、その働きによって、Th1細胞とTh2細胞の2種類に分けられます。
2種類の細胞は、自分が担当する細胞の数を増やしたり、働きを強めるサイトカインという物質を出しますが、Th1細胞が作るサイトカインは主として感染防御に働き、Th2細胞から出されるサイトカインがB細胞に作用すると、アレルギーを起こすIgE抗体がつくられるのです。
アレルギーは国民病とも言われていますが、その原因のひとつは、いまお話ししたTh1細胞とTh2細胞のバランスがとれなくなっているからなんですよ。 Th1細胞はアレルギーを抑える働きがあるからです。ところが、最近、抗生物質を使って細菌感染を抑制したり、清潔な生活環境を大切にするあまり、社会が無菌状態になりすぎて、Th1細胞の活躍する機会が減ってしまったのです。 かわりに、IgE抗体に関係するTh2細胞が増えてしまっていることも、アレルギーが増えている原因の一つといえますね。

アレルギーのメカニズム
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