フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

遺伝と体質に興味を持ち、エピジェネティクスの研究へ

───中尾先生がエピジェネティクスの研究を始めたのはいつからですか。

私は大学時代から「遺伝と体質」に自然に興味をもつようになりました。ヒトが一人ひとり似ていたり、違ったりするのはなぜか。そこで、卒業後に最も関係の深そうな小児科を専門として、臨床医を務めていました。そのうち「遺伝と体質」への好奇心から、ちょうど世界で動き始めていた「エピジェネティクス」について関心を抱くようになり、米国に留学する際に、その研究ができるベイラ-医科大学を選んだわけです。今から25年ほど前になります。

───留学先ではどんな研究をされたのですか。

「プラダー・ウィリー症候群」と「アンジェルマン症候群」という生まれつきの病気の原因について研究していました。
私たちは、基本的に父親と母親から同じ遺伝子を1個ずつ(計2個)受け継ぎます。いずれの親からの遺伝子も子世代では同じように働きます。ところが、少数の遺伝子だけは、子世代において父親由来か母親由来のどちらか一つの遺伝子しか働かないものがあります。このことを「ゲノムインプリンティング」(ゲノムの刷り込み)といい、私たちのもった正常な仕組みです。

さて、DNAのメチル化とは、遺伝子の働きを抑える印として知られています。父親のA遺伝子だけが働くのは、母親のA遺伝子がメチル化されているためであり、逆に母親のB遺伝子だけが働くのは、父親のB遺伝子がメチル化されているからです。つまり、両親から受け継いだ2個の遺伝子の一つしか働けないのです。ですから、1個の働く遺伝子に異常がおこると、もうバックアップがないので、生まれつきの病気になりやすいわけです。

「プラダー・ウィリー症候群」は、父親からのA遺伝子をたまたま失って、母親からのA遺伝子はもともとメチル化で働かないことで起きます。中等度の発達の遅れ、低身長、過食、肥満などの症状をもちます。一方、「アンジェルマン症候群」は、母親からのB遺伝子をたまたま失い、父親からのB遺伝子はもとよりメチル化されて働かないことで起きます。重度の発達の遅れ、けいれんがあり、ほとんど歩くこともできません。
これらの病気は、15番染色体のまったく同じ部分の欠失によっておこりますが、その欠失の親由来が異なっていることがわかりました。私たちは、その発症のメカニズムについて、さらに詳しく明らかにしました。
プラダー・ウィリー症候群もアンジェルマン症候群も、日本においても多くの患者さんがいますが、根本的な治療法はいまだありません。研究を通じて有効な治療法が見つかってほしいと願っています。

───先生が留学されていた当時、すでにエピジェネティクスは注目されていたのですか。

DNAのメチル化については、1950年頃に発見されてずっと研究は続いていたのですが、私が留学していた90年代の初めには、あまり強く注目されていませんでした。がん細胞でのメチル化の異常、ゲノムインプリンティングと病気について少しずつ明らかになってきたのが90年代です。ヒストンの修飾について明らかになったのは2000年頃で、その頃からエピジェネティクスの研究が一挙に注目されて大きく発展するようになったのです。

───米国留学を終えて、熊本大学で取り組んだのはどのような研究でしょう。

いろいろな研究をしてきましたが、最初に取り組んだテーマは、「メチル化DNA結合タンパク質」の研究です。
エピゲノムの印づけに「DNAのメチル化」があると言いましたが、メチル化されたDNAだけを認識して、それに結合するタンパク質があることがわかってきました。これを「メチル化DNA結合タンパク質」と呼びます。私たちの研究グループは、そのタンパク質の一つ「MBD1」を見つけてその研究を行い、このタンパク質が細胞内でメチル化された遺伝子の働きを抑えることを発見しました。MBD1がメチル化された遺伝子に結合して、その働き(転写)を抑制する酵素群を引き寄せてくるという、一連の仕組みを明らかにすることができたのです。


遺伝子がメチル化されると、メチル化DNA結合タンパク質が作用し、そこに抑制する酵素を引き寄せることで、遺伝子の転写が抑えられる

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