フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

フクロウ博士の森の教室 シリーズ1 生命科学の基本と再生医療

第31回 iPS細胞を活用したがんの研究

iPS細胞の技術を使い、がん細胞の運命を変えることでがんを治療したい

京都大学 iPS細胞研究所 山田泰広教授 インタビュー

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山田泰広(やまだ・やすひろ)
1997年岐阜大学医学部卒業。99年岐阜大学医学部助手。2002年病理専門医(日本病理学会)、03年マサチューセッツ工科大学ホワイトヘッド研究所研究員(Rudolf Jaenisch研究室)、06年に帰国後、岐阜大学大学院医学系研究科講師、准教授を経て、10年2月京都大学物質-細胞統合システム拠点iPS細胞研究センター教授、同年4月より現職。

iPS細胞は再生医療や創薬など、医療分野に大きな影響を与えているが、がんの研究にも力を発揮しそうだ。京都大学iPS細胞研究所の山田泰広教授は、遺伝子の傷の蓄積だけでなくエピゲノムの異常からもがんを発症する場合があることを突き止めるなど、エピゲノムの変化とがんの関係を探っている。研究が進み、iPS細胞技術を活用してがん細胞の運命を変えることができれば、将来的にはがんの治療にも役立つという。

がん細胞のエピジェネティクスについて研究を始める

───先生はどんな研究がご専門だったのですか。

私はもともと病理学の研究をしていて、その中でもメインの研究としていたのが大腸がんのエピジェネティクスでした。マサチューセッツ工科大学に留学した時のボスのルドルフ・イエーニッシュがステムセル(幹細胞)や核移植、リプログラミング分野で有名な先生で、私はそこで大腸がん細胞のエピジェネティクスについて研究していたのです。 エピジェネティクスとは、DNAを構成している4つの塩基のうちのシトシンにメチル基がついたりはずれたり、細胞の核にしまわれたヒストンのタンパクが化学修飾を受けて、遺伝子の使われ方が変わる仕組みですが、発生やがんなどの疾患に深い関係があることが知られています。私はDNAにメチル基をつける遺伝子を壊して、がん細胞がどのように変化するのかを見ることによって、がんという病気にメチル化が重要な意味を持っているかどうか実験していたのです。

───iPS細胞が山中先生によって樹立されたことは、先生にとってどんな意味を持っていたのですか。

ルドルフの研究室では、メラノーマという皮膚のがん細胞の核を除去して核を取り除いた卵細胞に移植し(=核移植)、初期化したマウスを作る実験に成功していました。私もこの論文の執筆者の一人で、当時からがん細胞のエピジェネティックな異常をリプログラミング(初期化)してリセットできることは知られていました。けれども、核移植というのは非常に高度なテクニックが要求され、誰にでも簡単にできるというものではありません。それがiPS細胞の登場によって体細胞をリプログラミングすることがずっと容易にできると感じました。iPS細胞はエピゲノムの状態をダイナミックに変えることのできる技術ですから、これでエピゲノムとがん細胞の関係を探究する研究に弾みがつくと確信しましたね。

───それからiPS細胞を使ったがん研究を進めていったわけですね。

そうです。がんは遺伝子の傷によって起きるというのが定説となっていて、もちろんそれは紛れもない事実ですが、15年ほど前からそれだけではなく、遺伝子の使い方の異常によっても、つまりエピゲノムの変化が、がんの発症に関与すると考えられるようになってきました。
iPS細胞の技術を応用することで、がん細胞のエピゲノム制御を変え、がんと全く違うエピゲノムを持った細胞にできる可能性があると考えて研究を進めてきたのです。

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