フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

不完全な初期化によって、小児腎臓がんに似たがん細胞ができた

───具体的にはどんな研究を始めたのですか。

私たちは、ドキシサイクリンという薬を使って、マウスの体内で山中4因子(初期化因子)が働くような仕掛けをつくり出しました。この薬を投与してそのまま初期化が進行し続ければマウスの細胞はiPS細胞に変化するのですが、うまく初期化できなかった腎臓の細胞は、腎芽腫という小児腎臓がんと組織学的・分子生物学的に似た細胞に変化するのです。そして、この腫瘍細胞を調べたところ、遺伝子の傷は見つからないのに、エピゲノムのパターンが変化してがん細胞に似た細胞になったことが分かりました。

───ドキシサイクリンによって初期化因子を働かせる、とはどういうことですか。

4つの初期化因子を7日間働かせ、さらに7日後に観察した腎臓。腫瘍を形成し大きくなっている。

細胞生物学分野で遺伝子をコントロールするツールとして開発されたしくみで、たとえば、マウスのからだでAという遺伝子を発現させたかったら、まずA遺伝子をマウスのからだに入れておき、このドキシサイクリンを水と一緒にマウスに飲ませるんです。そうすると、マウスの血中に薬剤が回っていってA遺伝子を発現させるのです。
この実験の場合、ドキシサイクリンを飲ませている間は山中4因子(4つの遺伝子)が発現します。28日間投与し続けるとiPS細胞になるのですが、途中で投与をやめ、その後水だけを飲ませると、血中のドキシサイクリンがなくなり4つの遺伝子が発現しなくなり、初期化へと向かう動きを止めることができるのです。ドキシサイクリンを7日間与え続けたあと水だけを飲ませ、7日後に観察したところ、腎臓細胞に腫瘍ができていました。

───なぜ、その腫瘍が腎芽腫にそっくりだと分かったのですか。

私はもともと病理医でしたから胃カメラなどで病気の組織を採取し、胃がんや胃炎などの病気の診断をしていました。そのため、がんの形がどのようなものなのか、一目で直感的に分かるわけです。
一般にがんができるのは遺伝子に傷がついてそれが蓄積するからだと考えられていますが、この腎芽腫に似たがん細胞は遺伝子に傷が見つからず、エピゲノムが変化してできたものと考えられました。

───エピゲノムが変化してがんができたことはどうして調べたのですか。

腎芽腫に似たがん細胞を取り出して初期化因子を投与してiPS細胞を作製し、このiPS細胞をマウスの胚に移植したところ、正常な腎臓が形成されたことで、遺伝子の傷によってがんが発生していないことを示しました。
一連の研究によって、小児がんの腎芽腫など一部のがんでは、エピゲノムの異常ががん化の最も重要な原因となりうることが示せたと考えています。


腫瘍由来のiPS細胞からが作られたキメラマウスの腎臓(左)も正常な腎臓(右)と同様、腫瘍の形成は見られなかった。iPS細胞から分化した腎臓は、蛍光タンパク質で標識されているため緑色に光って見える。

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