フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

ニューロンネットワークを構築するプロトカドヘリンの発見

───その遺伝子群とはどのようなものですか?

ニューロンとニューロンをつなぐ役割をする細胞接着分子のひとつにカドヘリンがあり、約100種類のファミリーを形成しています。カドヘリンは脳のさまざまな領域で機能しており、たとえば発生期においては、脳の神経前駆細胞同士を接着する役割を持ち、脳の脊髄液を産出する脳室帯の構造を維持する上で重要な働きをします。
私たちは、哺乳類の脳の機能に関わる遺伝情報の解析を行う過程で、1998年にカドヘリンの一種である「クラスター型プロトカドヘリン」という遺伝子群を発見しました。
クラスターというのは、房、集団、群れという意味で、クラスター型プロトカドヘリンは、ゲノムの中で同じ性質を持ったカドヘリン遺伝子が集団・グループを形成しているものというくらいに考えてください。
このプロトカドヘリンは約50種類くらいあり、本編でもお話ししたように同じもの同士がくっつきあう性質を持っています。たとえば、ある神経細胞に1番のプロトカドヘリンが発現し、ほかの神経細胞にも1番のプロトカドヘリンが発現していると、このプロトカドヘリン同士が結合しあうのです。
そして、結合しあった複数のプロトカドヘリンがネットワークをつくっているのではと考え今も実験を続けています。

■クラスター型プロトカドヘリンの構造

───神経細胞の中にどのプロトカドヘリンが選ばれるのかは、どのようにして決まっていくのですか。

遺伝子はDNAの中に存在していますが、それぞれの遺伝子はプロモーターという部分が活性化することによって発現します。詳しい説明は省きますが、DNAの配列の部分がメチル化という作用を受けると、その遺伝子は働かなくなります。神経細胞に分化する過程で50種類のカドヘリン遺伝子のどれかのプロモーターがメチル化されると、そのカドヘリンは働かなくなる。メチル化されないカドヘリン遺伝子だけがランダムに選択され、10個が決まってくるということになります。
したがって、自分の身体が作られる過程で、どの神経細胞がどのプロトカドヘリンの組み合わせを持っているのかが、ある程度決まってくることになります。最新の脳科学分野の研究では、脳の一つの神経幹細胞から娘細胞ができるとき、それらの娘細胞が同じような反応をするということが分かってきています。

───具体的にはどんな神経細胞でそうした現象が起きるのですか。

たとえば、視覚野においてはV1という領域に斜め45度の方向性に反応する細胞があります。これらの細胞は手をつなぎ合って神経回路を作っているのですが、同じ親細胞から生まれたもの同士であると考えられています。つまり、脳が生まれる過程にあって、どれとどれが結びつきやすいかがあらかじめプログラムされ、準備されていることになります。まだ実証されているわけではないのですが、これにはプロトカドヘリンが関与しているのではないかと考えて実験しています。
このようにして、同じ性質の神経細胞同士が結合しあってネットワークをつくることによって、ある個性をもった集団が形成されることになります。しかも、先ほどお話ししたように、ある神経細胞にどんなカドヘリンが選択されるかはランダム(偶然)なので、構築されるニューロンネットワークは、集団性と同時に、ランダムな多様性をあわせ持ちます。こうした複雑で、多様化したニューロンネットワークが、意識や心の発生に関係すると、私は考えています。

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