フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

集団性とランダム性から生まれる複雑ネットワーク

───巨大で複雑なニューロンネットワークが、なぜ心を生み出すのか、もう少し説明してください。

そのことを話すに当たって、まず、こうしたニューロンネットワークがどのように構成されているかに触れておきましょう。
脳のニューロンはおよそ1000億個、神経回路は100兆あるといわれますが、このネットワークはすべてのニューロンが短い距離で結合するスモールワールド(小さな世界)となっています。スモールワールドとは、まったく関係がないと思われた人同士でも、友だちの友だち・・と6人程度を介せば、地球上に住むすべての人とつながってしまうことを指し、「6次の階層性」などと呼ばれています。しかも、出発点であるお互いに顔を見知った友人同士は、狭い集団性を保持しています。
こうしたスモールワールドが必要なのは、神経細胞が多くの接続を持つ長いネットワークでつながっていると、情報の通信速度が短いネットワークに比べて遅くなってしまうからでしょう。ボールが飛んできたとき、素早くよけるためには、接続の少ないショートカットされた神経回路のほうが適しているわけです。
数学者のワッツとストロガッツが、数学モデルを使って、規則的な集団性が高く、しかもランダム性も持ち合わせたネットワークを構築できるのが、「スモールワールドネットワーク」であると提示しましたが、神経のネットワークでも同様なことがいえるわけです。

───スモールワールドでありながら、無限ともいうべきつながりが生まれていくのですね。

反射的な運動神経だけでなく、短い距離のニューロンネットワークが無数の記憶を構築するようにできているのです。ある記憶が短いニューロンネットワークに刻まれているとすると、私たちのすべての記憶(記憶の総体)は、そうした短いネットワークが集まったものと考えられます。
記憶の総量が増えることによって、ただの断片的な記憶から、それらが統合され、連合しあって、「赤い色の記憶」から「情熱的な燃えるような赤い色の感じ」のような主観的な意識や心が生まれていくのではないでしょうか。

───ニューロンは物質ですから、ニューロンがつながりあってできるネットワークもやはり物質だと思います。

たしかにこれまで、脳と心を考えるときにそういう発想方法がとられてきました。しかし、そうして物質と精神、脳と心をとらえないほうが問題の核心に迫ることができると考えています。
ここに1本のロウソクがあるとします。ロウソクはあくまで物質です。洋ロウソクなら石油からできたパラフィンが原料です。けれども、ロウソクに火をつけると燃える。燃える前のロウソクはただの「もの」であったけれど、燃えている状態になるとそれは、燃えるという「こと」に変わります。同じロウソクでありながら、「もの」と「こと」の両方が存在している。燃える「こと」は「もの」を使いながら時間を超えて連続した同一性(同じ炎)となるのです。脳と心にしても、脳という物質である「もの」と、感動したり、喜んだりする意識「こと」とが両立していると考えた方が、物質と精神のように対立させて考えるよりも生産的であると思っています。

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