フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

HOWを解くことがこれからの研究課題

───これまで、脳と心の研究というのはどのように進められてきたのでしょう。

意識や心がどのように私たちのからだの中で発生するのかという問題は、サイエンスの問題として多くの科学者が関心を寄せたテーマといえます。
カナダの神経生理学者ワイルダー・ペンフィールドは、患者の大脳皮質のさまざまな部位に電気刺激を与え、側頭葉のニューロンを刺激すると患者の心の中に生々しい体験が惹起されることを発見し、側頭葉がその人の体験の記憶(エピソード記憶)に重要な働きを持っていると発表しています。
また、アメリカの神経生理学者ベンジャミン・リベットは、患者の脳を刺激することによって、ニューロンの活動と心の中に引き起こされる時間の関係を追求するなどして、脳と心の関係を研究し、注目を集めました。

───こうした脳を対象とした実験が脳研究を進歩させてきたわけですね。

ええ、こうした脳に電気刺激を与えるような実験・研究をベースにして、いま、細胞や遺伝子など分子生物学から脳と心について研究が盛んに行われています。マウスの実験では特定のニューロン集団の活動が記憶の情報を担っていることなども最近明らかになり、私たちの主観的な記憶もニューロン集団の活動であることがわかってきています。これなども分子生物学の側面から脳と記憶・意識・心などにアプローチしようとするものですね。

───MRIなど脳を観測する機器やシステムの発達も大きいのでは。

ええ、MRI(磁気共鳴画像診断装置)やfMRI(機能的MRI)などの発達によって、脳の活動を画像として取り出すことができるようになり、客観的に脳の活動をとらえられるようになったことは研究を進歩させています。

───いまは、脳のネットワーク解析なども進んでいるし、薬理的な面からのアプローチも有効なのではないかと思います。

そうですね、いま生物の神経系内のニューロンやニューロン群、各領野などの要素間の詳細な接続状態を表した地図ができてきていて、これをコネクトームといいますが、こうした面からの研究も進み始めています。それと薬理学からのアプローチもどんな薬を使うと脳内のドーパミンなどが活性化するかなどが研究され、分子メカニズムからの研究の入り口になってきました。神経系細胞の接続地図や薬理学的な手法はすごく重要であると思いますが、私自身は、どのようにして神経細胞の接続が作られるのか、「HOW」を解くことが、これから脳と心の研究には必要だと思います。

───高校生が読んで面白く、参考になる本などがあったら教えてください。

本編で名前をあげたジュリオ・トノーニと、同じく神経生理学者であるマルチェッロ・マッスィミーニとの共著の『意識はいつ生まれるのか』は、高校生が読んでも面白い本ですね。ほかの器官と外観はそんなに変わらないように見える脳が、なぜ意識を持つようになったのか、その謎に挑戦した日々を具体的なエピソードなどを交えてスリリングに記述しています。
ジェラルド・M・エーデルマンの『脳は空より広いか―「私」という現象を考える』は、1972年、43歳のときに「免疫抗体の化学構造に関する研究」でノーベル賞を受賞したのちに脳研究に転じたエーデルマンが、脳がいかにして多様で複雑なクオリアを生み出すのか。なぜ意識に「私」が生じたのか、脳の活動によって心は説明できるのかなど最新の理論を一般向けに解説したものです。この中で売れているコンピューターと脳の違いなども興味深いと思います。
また、デンマークの科学社会学者であるトール・ノーレットランダーシュによる『ユーザーイリュージョン─意識という幻想』は、脳は私たちを欺いていて、意識は幻覚にしか過ぎないのではないかという衝撃的な内容を、エントロピー、心理学、生理学、複雑系という概念まで持ち出して記述します。分厚くて高校生には多少難解なところのある本ですが、チャレンジしてみる価値はあるでしょう。

(2015年10月1日取材)

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