フクロウ博士の森の教室「からだを復元させる医療の話」

異常タンパク質がニューロンネットワークを介して広がる

───先生や海外で提唱されている認知症の進行性を説明する仮説について、もう少し詳しく教えてください。

本編の中でもお話ししましたが、認知症は、タウやαシヌクレイン、TDP-43 などのタンパク質が、細胞の中で異常な線維構造をつくる(異常型になる)ことで発症すると考えられます。その異常型タンパク質が鋳型のように働いて正常タンパク質を異常型に変換し増殖、さらにはニューロンネットワークを介して広がり進行すると考えられます。そうすると、なぜ特定の神経だけが冒されるのかという細胞特異性や選択性、なぜ経過とともに認知症の病状が悪化するのかという進行性についてうまく説明できるのです。


αシヌクレインを37℃で振盪しておくと、数日間で分子同士が重なり合うように線維状となり、異常構造に変化します。一カ所のアミノ酸に変異があるA30Pαシヌクレインは、野生型とは少し違う性質(断片化しやすい)の線維になります。ところが野生型αシヌクレインに、少量のA30Pの線維を添加すると、野生型の線維ではなく、断片化しやすいA30P型の線維になるのです。つまり添加した線維と同じように正常分子が異常型に変化することを意味します。

───実際の認知症を例にとって説明してください。

たとえば、アルツハイマー型認知症において、短期記憶を司る海馬の細胞に異常型タウが形成されたとします。海馬へのダメージが少ない時は、最近のことを少し忘れる程度の軽い認症で済むかもしれません。しかし、異常型タウがニューロンネットワークを介して思考や判断、感情、聴覚や言語などを司り高次な情報を処理する大脳皮質の神経細胞に転移すると、認知症の症状がさらに進み、感情が不安定になったり、日常生活に支障をきたすようになります。
レビー小体型認知症や前頭側頭型認知症においても、αシヌクレインやTDP-43が異常型に変化するのですが、それが脳のどこの部位で起こるのか、その後どのように広がっていくかによって、病状の進行に違いが出ると考えることができます。

───認知症と病状の進み方が似ているというプリオン病についてもう少しお聞かせください。

1980年代後半から90年代前半にかけて、イギリスをはじめヨーロッパ諸国で多数発生したBSEの名前を聞いたことがあるでしょう。BSEはウシの脳がスカスカのスポンジ状になって、足がふらつくなどの運動失調や神経症状を呈して、ついには死んでしまう病気です。ヒトの場合にも同じように脳がスポンジ状になり運動、認知機能障害を起こすクロイツフェルト・ヤコブ病と呼ばれる致死性の難病があり、その原因の探究がBSE騒ぎの前から進められていました。この原因をつきとめてノーベル賞を受賞したのが、アメリカのスタンリー・プルシナー博士です。博士はDNAやRNAなどの核酸の遺伝情報がなくても感染し、タンパク質だけで自己増殖し、病気の原因になるという不思議なタンパク質を、タンパク質(Protein)と感染(infection)を合わせて「プリオン(Prion)」と名づけました。しかし実はプリオンは、ヒトや動物の体内にもともとある正常なタンパク質で、BSEもヤコブ病も、異常なプリオンが正常なプリオンを異常型に変えることが原因でおこることがわかったのです。
BSEが鎮静化して以降、プリオンはあまり話題にならなくなりましたが、前述のように、アルツハイマー病などの認知症やパーキンソン病、ALSなどの神経難病の異常タンパク質が、プリオンと同様の性質をもつことが示され、再び研究者の間で注目されています。「プリオン」という概念は、病気との関係からはもちろんのこと、生命の起源や、生命活動を考える上でも興味深く、重要な研究テーマですね。


2014年4月 来日したプルシナー博士にいただいたサイン

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