この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第5回 ナノテクを活用して、生命現象を物理的に探究したい 青山学院大学 理工学部 物理数理学科 三井敏之 准教授

走査型トンネル顕微鏡で原子、分子を追う

───アメリカに行って、ミネソタ大学で学んだのはどんな思いがあったのでしょう。

日本の大学での勉強はおもしろかったけれど、4年生になると、修士課程を卒業してどこかの会社に就職してと、その後のキャリアパスが見えてきてしまったんです。それより、24時間研究に打ち込める環境で勉強したいと思うようになったころ、大学の先輩でアメリカでPh.D.(博士の学位)を取得して日本に帰ってきた人に会ったのです。彼は、アメリカでは、日本のように修士の2年間である程度の結果を出し残りの3年でまた研究をと、成果を細切れに求められることはなく、5年、6年と長期間にわたって自分がやりたいテーマをのびのび研究できると教えてくれたんです。
彼は日本に帰ってから就職先がなく、さぞ困っているだろうと私は思っていたのですが、別れ際に「どうするか迷っているなら、アメリカに行って思い切り研究生活を楽しんできなさいよ」と、にこにこ笑いながらアドバイスしてくれたんです。その笑顔は、彼がアメリカの研究生活に十分に満足したことを物語っていました。よし、じゃあ、私もアメリカへ行って研究生活を送ろうと、その時決心しましたね。

───ミネソタ大学での研究内容を聞かせてください。
大学院生時代

大学院生時代

私が研究助手としてミネソタ大学物理学科に学んだ時代は、走査型トンネル顕微鏡(STM=Scanning Tunneling Microscope)が次第に普及しはじめたころで、先生方がその装置を自分でつくって実験を始めていました。
STMというのは、極めて小さな金属針を物体に近づけて、そこに流れるわずかな電流から、物体の表面の凹凸などを読み取る顕微鏡で、それまでは直接見ることができなかった分子や原子の姿を、実際に見ることができる画期的なものでした。私は研究室でシリコン分子が拡散しているところを初めて見ることができたのですが、そのときのインパクト、感動は圧倒的なものがありました。そこで、この研究室でがんばりたいと教授に願い出たところ、それならキミもSTMをつくってみなさいとテーマを与えられたのです。

───STMはまだ改良の余地があったということですか。

ええ、当時のSTMは1つの画像を撮影するのに1~5分もかかっていたんです。物理の現象は非常に速度が速く、これではとても間に合わない。1秒間に17~18枚撮影できるSTMがほしかったのです。そこで電子回路を高速化するなどの方法で製作しようとしたのですが、装置をつくるにはコンピュータのプログラム知識から機械工作の旋盤技術までが必要になりました。わからないことは専門家に話を聞いたりして、日本人のモノづくりの根性で6年かけてついに完成させたんです!

───このSTMを使ってどんな研究をしたのですか。

当時、ナノテクノロジー(ナノテク)に注目が集まっていました。ナノテクというのは、原子や分子を操作してナノメートル(nm:1メートルの10億分の1)の大きさの構造の物質をつくり、それを組み立てて新しい素材や新しい機能を持った装置をつくり上げる技術です。
このナノテクを実現するためには、STMを使う必要があります。というのは、STMは材料表面の原子配列を観察することができるだけでなく、アトムマニピュレータを使って、材料表面の原子を思いのままに並べることもできるからです。余談ですが、研究者の中にはこの技術を使って原子を自分の思うように並べてデモンストレーションとして文字をつくる人もいるんですよ(笑)。
私は自分がつくったSTMを使って、半導体の基礎技術に応用できる金属のナノ構造をつくろうと考え、アルミのナノ構造の研究を続けました。その結果、世界的にも早い段階でアルミのナノ構造をつくることに成功し、論文にまとめました。私はその論文でPh.D.を取ったのです。ところがちょうど同じころ、私と同じ手法でアルミのナノ構造を発見し論文にした研究者がいて、「世界初」の手柄はそちらの研究者のものとなったのです。
ただその研究者は自分でSTMをつくったわけではなかったことなどから、次第に私のつくったSTMと論文が評価されるようになりました。そして、それから5年くらい経って半導体の基礎技術に関する本が出たときには、私の論文が掲載されました。

カリフォルニア大学時代の研究成果

カリフォルニア大学時代の研究成果。世界最小の氷をSTMにより世界で初めてとらえた。雪は六角形の結晶だが、原子レベルでも六角形の構造をしている。この結果はとても反響を呼び、理論的に検証する研究が次々に発表され、2010年2 月のアメリカ物理学会誌「physics today」にも掲載され、その表紙を飾った。

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