この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第5回 ナノテクを活用して、生命現象を物理的に探究したい 青山学院大学 理工学部 物理数理学科 三井敏之 准教授

why?の積み重ねが新しい科学をつくる

───その後ハーバードでナノテクとバイオが融合する分野の研究に進むわけですが、どんな背景があったのですか。

STMを自作し、これを使って論文をものにしていきながら、私は自分の持っている技術に関しては自信を深めることができました。この技術があれば、どんな分野の研究でもできるはずだ、それなら自分がおもしろいと感じる研究を一生の仕事にしようと考えたのです。その研究とは何かと自問したときにあらためて感じたのが、生物のすごさでした。
ナノテクでは、分子と分子をくっつけようとしていろいろ細工をするのですが、一個一個をつなげるだけでもとてもすごい時間がかかる。でも、考えてみると、生物の中の原子や分子はごく当たり前に結合していて、そのメカニズムはある種、神秘的なものだと思うようになりました。そこで、これまで培ってきたSTMで原子や分子を観測する技術を用いて、生命現象を解析することにチャレンジしたいと思ったのです。
そうしたところ、ハーバード大学の分子生物学科で、ナノテクノロジーと分子生物学を融合した研究をしているグループが存在していることを知り、公募に応募してハーバード大学で研究を続けることになりました。

ハーバード時代

ハーバード時代

───先生の研究を私たちにもわかるように説明してください。

そうですね、一言でいうと、原子、分子のレベルで生物のふるまいを解析することとでもいえばいいのかな。
いま、生物物理学の最先端の世界では、分子、原子のレベルで生物のメカニズムがわかってきました。たとえば、遺伝情報を担うDNAが二重らせん構造になっていること、4つの塩基という分子の組み合わせで遺伝子の性格が決められること、さらにはそのDNAがつくりだす生物の遺伝情報の総体(ゲノム)も明らかになってきています。
ところが、こうしたゲノムの塩基配列を解析するには、今の方法ではお金も時間もかかるため、地球上の生物のゲノムの解読はあまり進んでいません。けれども、塩基配列をバーコードをスキャンするように読み取ることのできるSTMを利用した私たちの方法を使えば、ゲノムの解析などはもっと安く短時間でできる。地球上の多くの生物種のゲノムの解析が進み、生命の機能を物理的に観測できれば、種の保存や薬の開発などにも大きな貢献ができるはずです。

DNAの解析装置

DNAの解析装置。DNA1分子がやっと通れるほどの小さな穴の中をつくる。対象となるDNAの塩基配列が通り抜けるときの電流などの変化を検出し、その値から塩基配列を読み取るのが目的。

───医療への応用は考えられませんか。

この研究により得られる技術は、将来、再生医療に生かすこともできると思います。生物の再生機能は、その生物の機能が危機に直面した時に発揮されるようにできています。分子レベルで悪い状態をナノテクをもちいて局所的につくりだします。つまり再生のスイッチをオンにすることができるのではないか、そして、そのときにどんな物理的なメカニズムが働くのかを観測することで、再生医療の基礎研究に繋がるのではないかと考えているんです。

───最後に、メッセージをお願いします。

「教科書を疑え」です。教科書がすべてではありません。いま理解していることが本当か、なぜなのか、「why?」と問いかけ続けることによって科学は発展してきました。いま載っている内容と違うものが100年前の教科書には載っています。われわれ科学者の発見により100年先には今の教科書とは違う内容が掲載されているかもしれません。まず教科書を疑うこと、それは科学をもっと面白くするものだと思っています。
そして、生命科学を学びたかったら、海外で研究する道を探っていくのも有効な方法です。最近スポーツの世界では海外で活躍する日本人が登場していますが、こと科学の分野では戦前から日本の研究者は海外で活躍し、ノーベル賞をもらうような活躍をしている方もいますし、そんなに有名でなくても、大きな発見にかかわった日本人はたくさんいます。
皆さんも、海外で学べる機会があったら、自信をもって大きな目標に向かってチャレンジしてみてください。

(2010年3月16日取材)

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