この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第8回 機械工学も、生命科学の進歩に大きく貢献できるんですよ。 早稲田大学高等研究所 岩崎清隆 准教授

じゃんけんに勝って、人工心臓のパイオニアの研究室へ

───入学してどんな授業が待っていたのですか。

1年は教養の授業が中心で、本格的に専門が始まるのは2年からです。機械科の基本となる材料力学と熱力学、流体力学の3力学に、設計のトレーニングですね。授業では機械の設計図をドラフタを使って手描きで制作しました。当時、CAD(コンピュータ支援設計)もありましたけれど、大学の方針なのか全部手描きでしたね。いまでは考えられませんが、なんと、大学ではパソコンでレポートを書くのは禁止だったんです。レポートなども全部手書きでした。
授業以外にも、航空に興味があったのでグライダー部に入ったりもしたんですが、練習に時間を取られすぎて勉強に専念できなかったので、半年ぐらいでやめました。

───学部での研究室選びはどのようにしたのでしょう。

機械科には、バイオ・ロボット、流体力学、熱力学、材料力学、設計、産業数学などのコースがありました。私は、ロケットや航空機などに興味があったので、流体力学のコースを選びました。
3年生になるとどの先生の研究室を選ぶかを決めなければなりません。研究室訪問をして,機械工学で新しいことにチャレンジできそうな雰囲気を感じて梅津光生教授の研究室を希望しました。ところが、梅津先生の研究室は人気があり、すんなり希望通り入ることができなくて、入れるか入れないかをじゃんけんで決めることになったんです。私は大学に入ってからも一生懸命勉強して、成績もよかったんですよ。ところが、研究室を希望するにあたって成績は考慮されず、学生の話し合いで成績のいい人がどういう決め方にするかを選んでいいということになったんです。ひどい話ですよね(笑)。自分の運にかけてじゃんけんを選びました。2回立て続けに負けて残り1席となり、2回引き分けて、3回目に勝って最後の一人として滑り込んだんです。あのじゃんけんは、私にとっておおげさにいえば人生を決定づける出来事だったかもしれません。

───いまは生命科学のことを研究されていますが、機械科の勉強とどう結び付くのですか。

梅津先生は、日本の人工心臓の研究の草分け的な存在なんです。意外に思うかもしれないけれど、流体力学と人体の研究とは近いものがあるんです。心臓には弁があって、血液がどれくらいの速さで流れて、どれくらいの圧力がかかって・・・と、計算していく。航空機のエンジンの解析も人体の血流の解析も似たところがあるわけなんですね。
研究テーマをいよいよ決めるときに、梅津先生から、東京大学の医学部で人工心臓の研究をしている井街宏教授の研究室とのプロジェクトがあるからそこで勉強してみたらと言われました。

───その研究室で、どんな研究をしたのですか。

ヤギに人工心臓を埋め込んで、弁の耐久性を研究していました。心臓には送り出した血液を逆流させないように逆止弁があり、これを高分子化合物でつくるのですが、10か月くらい経つとある部分が破れることが井街先生らの研究でわかったんです。そこでプロジェクトを組んで、壊れた原因を探りました。有限要素法という力学的な解析を行い、人工弁のどこに力がいちばんかかるのかを数値計算したところ、壊れた部位と合致しました。このように、医療機器というのは機械工学の材料力学、流体力学の手法で解明できることが多いのです。
当時私は学部学生だったので、ヤギの世話も担当していたのですが、世話をしているうちにヤギが可愛くなって、餌をスーパーにいそいそと買いに行ったものです(笑)

東大先端科学技術研究センターでの動物実験

東大先端科学技術研究センターでの動物実験

───学生時代から博士課程まで同じ研究をしていたんですか。

人工心臓の人工弁の耐久試験が研究の大部分を占めていましたね。そのために体外で耐久性をシミュレーションできる機械を開発したんです。
たとえば、心臓の弁は心臓の動きに合わせて1分間に60回とか70回とか開いたり閉じたりします。それを1分間で1200回強制的に開閉する装置をつくれば、20倍速く心臓の弁が開閉するので、20分の1の期間で結果がわかることになるんです。信頼性のある加速耐久試験方法の確立は、人工心臓や人工弁の開発スピードを速めるためにも重要です。10か月で壊れる弁なら2週間で結果が出ます。もちろん10 か月かかるものを単純に2週間で壊すとなると、壊れる原因も変わってきます。動物実験で壊れた部位を加速試験で再現するにはどういう実験システムで、どういう方法で実験したらいいか? 私の博士論文はこの分野の研究でした。無事、動物実験結果を20倍の速さの加速試験で再現することに成功し、博士号をいただきました。機械的な破損に加えて、実際に体内では、石灰化といって血液成分のミネラルが人工物である人工弁に沈着して動きが悪くなってしまうことがあります。実は、このミネラルが沈着する場所が、使っている間に材料が繰り返し伸びる部位と一致することも突き止めました。

人工弁の加速耐久試験装置

人工弁の加速耐久試験装置

───そうした研究には、機械工学のほかに生物学などの勉強も必要ですよね。

そうですね。機械工学科には生物学の授業はないので、自分で生物学の本をたくさん買って読み漁りました。勉強することは苦にならなかった。むしろ、自分の研究に必要な領域ということで、一生懸命勉強したし楽しかったですね。

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