この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第13回 三次元造形によるオーダーメイドの人工骨再生に挑む。 東京大学大学院工学系研究科 バイオエンジニアリング専攻  鄭 雄一 専攻長・教授

実学を身につけるために医学部に進学

───進路を具体的に決めたのは高校生になってからでしょうか。

そうですね。高校に進学してから、理系か文系か悩みました。哲学に惹かれていたと言いましたが、両親は実学が大事で、周りに医者が多いし、社会で役に立つ医者になれと言うのです。高校2年生の頃に一大決断が必要になり、先生に相談したところ、医学部に進学しても、私が考えるような言語や思想的なことも学べるとアドバイスしてくださいました。私も国家資格をとって働ける仕事につきたいという思いもあり、医学部進学を決めました。
そう決めてからは絵を描く暇もなくなって、受験勉強中心の高校生活を送りました。いちばん好きな学科は化学でした。抽象と具象のバランスが、私の好みに合っていたと思います。それと英語以外にもドイツ語を勉強し始めるなど、語学、言葉については関心を持ち続けていました。高校時代の最大の恩師と言えるのは、英語の井上先生、中原先生、美術の中澤先生ですね。英語の授業は大学の授業に勝るとも劣らないもので、その頃からハーバード大学のジョン・ガルブレイス教授やアルビンン・トフラーの原書の一部などを読まされましたね。

───大学時代はどんな学生生活を送ったのですか。

東大の教養学部時代は、とにかく語学に熱中していました。ゲーテ・インスティトゥートやアテネフランセなどにも通い、英語・独語・フランス語のほか、ラテン語、サンスクリット語など5~6カ国語くらい学びました。3年生のときゲーテ・インスティトゥートの奨学生としてドイツに留学することができました。

───そんなにたくさんの語学をマスターするコツってあるのですか。

まず、好きであること。いやいやながらやってもだめですね。人間の言葉というのは基本的には同じ論理構造を持っていると思います。だから、何カ国もの語学を勉強してもベースはほぼ同じだなと感じましたね。あまりたくさんやっても無駄かもしれません。

───医学部での授業はいかがでしたか。

3年生になって専門課程に入ると、いきなり解剖の授業が始まりました。私はそうでもなかったけれど、結構ショッキングなもので、マッチョな男子学生が、どーんとひっくりかえっちゃった(笑)。
3~4年生では生物学の基礎を学ぶのですが、ちょうど分子生物学が盛んになったときで、「THE CELL」という原書講読があり、これはとてもおもしろかったですね。5~6年生になって教育の一環としてではあるけれど、病院で実際の病気を診たりして、医療の現場に接することができ、がぜん医学に興味がわいてきました。

───臨床の中でとくに興味を持ったのはどんな分野だったのですか。

検査データや症状を見ながら原因となる病気を推理していくような分野に興味があり、研修2年目の半ばごろ、内分泌(ホルモン)を専門にしようと考えるようになりました。内分泌が関係するものには糖尿病などもありますが、私はカルシウム代謝に興味を持ちました。ちょうどカルシウム代謝と骨がもろくなる骨粗鬆症(こつそしょうしょう)との関係が分かり始めてきたころで、ホットな医療分野でもあり、また、私自身、絵が好きで形に興味がありましたから、人体の形を決める骨に惹かれたんですね(笑)。

───内科医から研究者の道を選ばれたのはどんな理由からですか。

臨床の現場を4年経験したことで、ひと通りのルーチンもこなせるようになったし、もう少し深く内分泌分野の最先端の研究をしたいと考え、大学院に進むことにしたのです。

───その後米国に留学されていますね。
写真:大学時代

ハーバード時代。研究室にて

大学院でカルシウム代謝に関する理論的な研究をしていたのですが、ぜひ動物実験をして骨の成長する仕組みを解明したいと考えるようになり、マサチューセッツ総合病院内分泌科部長であり、ハーバード大学医学部のヘンリー・クローネンバーグ教授のところで研究をすることにしました。留学にあたっては、実際に研究室を訪ねるなど慎重に選びました。クローネンバーグ教授はもともと英文学専攻でその後医学部に進んだという経歴の持ち主で、私の好きな、ジェームズ・ジョイスという作家の作品を彼も好きで、すぐに意気投合しましたね。名声やお金の誘惑には目もくれず、ひたすら誠実に自分の研究に打ち込む人柄も素晴らしく、人生の師としても尊敬できる人です。
米国での研究生活は6年間に及んだのですが、自分が学んだことを臨床に活かしたいという思いもあり、日本に帰ってきました。

写真:大学時代

キャンパスでのひととき

写真:大学時代

ニューハンプシャー州のジャクソンビレッジでスケートを楽しむ

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