───先生の研究の内容を分かりやすく教えてください。
日本は高齢社会になって、骨やさまざまな臓器がダメージを受ける人が急増しています。このため臓器移植や人工臓器の研究が進んでいますが、ドナー不足や人工臓器の機能が不十分だという問題があり、組織工学という手法を使って、骨や臓器などを再生する再生医療の研究が注目されるようになりました。組織工学は細胞、シグナル因子、足場素材の3本柱から成り立っています。その中で、幹細胞とかiPS細胞などの細胞が脚光を浴びていますが、実際の患者さんに使うとなると、コストがかかることやがん化の危険などもあり、まだまだ現実的とはいえません。
とくに私の研究領域である骨に関しては、成分の70%近くをリン酸カルシウムが占めていて、細胞のウェイトはそれほど大きくありません。そこで、私はシグナル因子と足場素材から骨の再生を研究しようと考えました。
シグナル因子というのは、細胞に働きかけて細胞の機能を調節する役割を果たすものです。私はアメリカに留学していたときに骨の成長をうながすシグナル因子の研究を行っていましたから、その成果を応用できるのではと考えたのです。私が編み出したのは、インクジェットプリンターを使ったオーダーメイドの三次元造形による人工骨です。
───具体的にはどんな治療なのでしょう?
病気などで顔の骨の欠損や変形が起きた場合、その骨を補う必要があります。従来は、患者さんのからだの他の部分から骨を移植したり、ブロック状の多孔体を削って人工骨をつくったりしていましたが、健常な骨を削るのは患者さんにとって負担が大きく、また、ドリルで削る方法では、入り組んだ形がつくりにくく、残っている骨(母骨)と人工骨の形がなかなか合わないという問題ありました。

▲ 積層してつくったミニチュアの頭蓋骨
───その人工骨を、実際に患者さんに使ったことはあるのですか。
この方法を基にして動物実験を繰り返してから、患者さんに対して臨床研究を行いました。たとえば、正面から見ると左右のあごがどちらかにずれている顔面非対称の患者さんに対して、人工骨を用いた治療を行ったのです。手術が短時間で行えること、また母骨と人工骨の形状適合性が高いことなどが改めて確認できました。10例の臨床研究を行いましたが、いずれもだいたい3カ月ぐらいでくっつき、結果も良好でした。しかもCTの像で見ると、ピッタリとくっつくだけでなく、本物の骨に置き換わっているのです! その後、臨床治験も終了し、現在、厚生労働省の高度医療評価制度に申請していて、申請が通れば保険診療との併用が認められることになります。製造販売承認も申請する予定です。
この人工骨は、強度の面でまだ弱いため、顔面などには使えるのですが、荷重のかかる手足の骨にはまだ使えません。また、もともと骨が弱っている高齢者や病気の人に使うには治る速度が遅いのです。さらに研究を続けてより良いものにしていきたいと思っています。
───そのほかの研究についてもお聞かせください。

▲ テトラポッド1個のサイズはわずか1 mm
もうひとつの研究は、ごく小さなテトラポッド状の人工骨をつくって、それを組み上げる方法です。この方法でつくられた人工骨は、骨と骨の間の欠損部分を埋めるために使います。
この人工骨の特徴は、テトラポッド状であるため、人工骨の間に整然とした隙間ができることです。骨には細胞や血管が通っていますが、この人工骨で欠損した部分を埋めてやると、やがてこの隙間に細胞や血管が入ってきて、骨を再生することができるのです。
───研究のおもしろさ、醍醐味はどんなところにありますか。
骨の再生医療で重要なことは、足場の形です。三次元的な形状をきちんと整えることで、高い医療効果が生まれます。母骨と足場になる人工骨の間が1ミリずれるだけで、医療効果が薄くなってしまう。それほど形が大事であり、生物にとって形が果たす意義の大きさをあらためて私たちに教えてくれると考えています。