この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第16回 生命の根幹を支える生殖細胞の発生のメカニズムを解き明かしたい。京都大学大学院 医学研究科 機能微細形態学教授 斎藤 通紀

始原生殖細胞形成の鍵を握る遺伝子を発見

───生殖細胞と体細胞の違いをもう少し詳しく説明してください。

私たちのからだは、少なく見積もっても210種類、全部で60兆個もの細胞が集まってできています。これらの細胞は、すべて一つの受精卵から分化・増殖してできていることは知っていますね。これらの細胞群は、受精卵から受け継いだ同じDNA配列を持っています。このDNA配列のことをゲノムといいますが、細胞ごとに働いている遺伝子の組み合わせが違います。
体細胞は、分化の過程でいったん皮膚や心臓、神経などの系統が決まってしまったら、違う系統にはなりません。血液細胞が骨になったりはしないわけです。なぜ細胞の運命が決まってしまうのかというと、それぞれの細胞で使われている遺伝子と、使われていない遺伝子があるからです。最近の研究で、細胞の運命を固定する役割を担う因子が、遺伝子の働きを制御しているからだということがわかってきました。これが今では「エピジェネティック制御」と呼ばれるしくみです。
ところが生殖細胞だけは、精子と卵子が形成される過程や、それらが融合する受精によって、生殖細胞自身の遺伝情報がいったんリセットされて組み直され(ゲノム・リプログラミング)、再び次の個体を形づくるために体のあらゆる細胞へと分化する「全能性」を獲得します。生殖細胞のこのメカニズムを知りたい。そのために、まず生殖細胞の形成のしくみを解明しようと考えました。

───当時、このテーマの研究は進んでいたのですか?

ハエや線虫では生殖細胞の形成を担う遺伝子はわかっていましたが、哺乳類では手つかずといっていい状態でした。しかし、これこそが生命にとって本質的に重要なメカニズムで、研究のやり甲斐も大きいはずだと、挑戦することに決めたのです。免疫や神経といった医学の本流からはそれるテーマでしたが、必ず医学的に重要となる日が来ると考えました。

───哺乳類の生殖細胞の形成を研究するにあたっては、どんなアプローチで進めたのですか。

卵子にも精子にもなる生殖細胞の元となる細胞を「始原生殖細胞」といいます。マウスの場合、発生初期の受精後6.5日前後に分化し、その後発生しつつある原腸の壁をすり抜けるように移動して生殖巣にたどり着き、精子や卵子になるのです。

アジム・スラニー教授とともに

アジム・スラニー教授とともに

まずこの始原生殖細胞がどのように形成されるのかを調べたい。それを研究するために、英国ケンブリッジにあるウェルカムトラスト発生生物学・がん研究所のアジム・スラニー教授のもとに留学しました。スラニー先生は哺乳類のゲノムには、両親のどちらに由来するものかが記憶されている(ゲノムインプリンティング)というノーベル賞級の発見をした先生です。スラニー先生と毎日のように議論をしながら、始原生殖細胞形成の際に働く遺伝子を同定するために、一つ一つの細胞で働く遺伝子群を丹念に比較するという研究を続けました。半分雲をつかむような仕事でしたが、この手法でしか遺伝子を見つけることができないと信じて、挑戦し続けたのです。

───ショウジョウバエや線虫で見つかっていた遺伝子と同じようなものをマウスで探すというやり方は採用しなかったのですか?

そのアプローチも有効だと思いましたが、ショウジョウバエや線虫とマウスの生殖細胞形成機構の違いから、哺乳類には独特のメカニズムがあるのではと考えました。
恩師の月田先生が大切にしていた教え通り「構成力のある正攻法」で一つずつデータを積み上げ、粘り強く研究を進めたのです。論理的にスクリーニングを繰り返していくうちに、ついに、始原生殖細胞以外のさまざまな体細胞へと分化する働きをストップする役割を果たすBlimp1という遺伝子を同定しました。

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