この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第16回 生命の根幹を支える生殖細胞の発生のメカニズムを解き明かしたい。京都大学大学院 医学研究科 機能微細形態学教授 斎藤 通紀

生命をつないでいく生殖細胞を研究したい

───大学ではどんな学生生活を送られたのでしょう。

入学したら探検部に入ろうと思っていたんです。ところが、部室の前に行ったら「バカは来るな!」のような貼り紙がしてある。これは僕にはあわないんじゃないかと思って、入部するのをやめました(笑)。それで中高校時代にやっていたバスケットボールの延長で、ハンドボール部に入って結構楽しい大学生活を送っていましたね。
バブルの時期です。まわりは将来が医者と決まっているせいか、あまり勉強しませんでしたね。私も大学1 年の終わり頃に、かっこいいバーに友だちと飲みに行って、こんなところでバーテンダーをやってみたいとアルバイトの面接を受けたら、社長に「お前はお笑い系やな」と言われ、系列のカラオケパブに配属になりました。客がステージで歌うときにタンバリンを叩いて盛り上げる役目だったんですが、その店の店員に同志社大学の学生たちがいて、彼らは社会性を持ったしっかりした人たちでした。知識も豊富で、彼らと将来の夢を語り合ったりするうちに、自分もしっかり目標を持って、能力を発揮できる分野を真剣に探さなくてはいけないと思ったわけです。いろいろ考えると、やはり研究者しかない。それでハンドボール部も退部して、本格的に勉強することにしました。

───どんな分野の研究者になろうと思ったのですか。
大学4年 左端が仲野徹先生

大学4年 左端が仲野徹先生

大学に入った頃から、細胞の増殖や分化にすごく興味がわいて、生命科学関係の本をいろいろ読んでいたんです。フランスの神経生理学者のジャン・ピエール・シャンジューの「ニューロン人間」は、脳の中のモジュール構造とか、中学生のとき読んだ時実先生の本に加えて当時の生命科学の知識を盛り込んでレベルアップした内容で、大いに刺激を受けました。そんなこともあって生命科学系の研究をしたいと思っていたとき、分子生物学の第一人者の本庶佑先生の講義を受けて、すごくおもしろかった。京都大学は分子生物学、生化学分野では間違いなく日本一のレベルだったこともあり、また神経科学に興味はあったものの、神経科学の講義にどうもピンと来なかったので、研究するなら本庶先生の研究室で勉強したいと考え、大学3年生の冬に先生の研究室で手ほどきを受けるようになったんです。最初にご指導いただいたのは本シリーズにも登場された仲野徹先生(当時本庶研の講師)でした。

ニューヨーク大学 シュレシンジャー教授とともに

ニューヨーク大学 シュレシンジャー教授とともに

それから4年生の夏に海外の研究所に留学できる機会があり、私はニューヨーク大学メディカルセンターで細胞増殖の研究をしようと考えて渡米しました。しかし、そこで3カ月半ばかり一生懸命実験を続けたけれど、全く歯が立たない。ポスドク中心の欧米の研究室の強さを実感しました。もう一度日本で勉強しなおさなければと、日本に帰ってきました。

───日本に帰ってからはどんな研究をされたのですか。

薬理学の実習中に、「ピペットさばきがいい」と誉められて、垣塚彰先生(当時成宮周研究室講師)のもとで一つのプロジェクトを任されました。そこで実験のおもしろさや分子生物学の基本的な考え方を身につけることができましたし、論文を2報も書かせていただきました。当時は生意気盛りで、分子生物学の基本的なことはわかったから少し違うことができないかと考えていたときに、形態学者の月田承一郎先生(故人)のセミナーがあり、それが実に胸躍るおもしろさでした。月田先生は電子顕微鏡で細胞と細胞の間をつなぐ微細な分子構造をじっくり見て、それを分子的に説明する形態学的分子生物学を専門にされていました。
先生の研究はすごくビジュアル的で、まるで、とてもレベルの高い映画でも見るようなサイエンスがあるものだと感動して、大学院では月田研究室に入りました。そこで、形態学的分子生物学を学び、また月田先生や研究室の先輩・同僚とじっくり議論しながら、将来の自分のテーマを考え続け、大学院の3年生頃に、生殖細胞をテーマとしようと決めたのです。

───生殖細胞をテーマにしようと考えたのはなぜですか。

生殖細胞を研究することで、生命の根幹の謎に迫れると感じたからです。精子や卵子を作り出す生殖細胞は、皮膚や心臓、肝臓などの器官や組織を形づくる体細胞とまったく異なる性質を持っています。体細胞は寿命が来ると死んでしまいますが、生殖細胞は生命を次の世代に受け継いでいく役割を持っています。つまり極端な言い方をしますと生殖細胞だけが死なない。生殖細胞の役割は中学生でも知っているのに、そのメカニズムはまだ知られていなかったのです。その謎を突き止めたいと考えたわけです。

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