この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第17回 ショウジョウバエの聴覚研究を通じて、音楽に感動する脳の不思議を探究したい。名古屋大学大学院理学研究科教授 上川内 あづさ

音に感動する脳の仕組みを研究したい

───先生の研究テーマについて、もう少し詳しくお聞かせください。

ショウジョウバエは、私たちと同じようにコミュニケーション手段として音を利用しています。求愛の時にオスがメスに向かって「求愛歌」と呼ばれる羽音を奏でます。この羽音は、かすかな「ブーン」、やや強い「ブー」といった音で、私たちには違いがわかりませんがショウジョウバエにとっては重要なシグナルのはずです。それを理解するためには、音と脳を結ぶ神経回路を調べ、脳でどのように情報処理されているのかを解明しなくてはなりません。
ショウジョウバエの耳にあたるのは触角です。私たちは感覚神経が興奮すると色の変わる蛍光タンパク質を用いて、音波に似た空気の振動を触角に当てたり、触角を一定方向に曲げたりして、触角の付け根にある「ジョンストン器官」の感覚細胞の変化を観察しました。その結果、音を感じるときと、からだの向き(重力)を感じるときでは、違う回路で情報処理されていることがわかったのです。この研究成果は「ネイチャー」の2009年3月12日号に掲載されました。

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ハエの頭部にある触角と、触角付け根にあるジョンストン器官が脳に情報を伝える。脳の「触角機械感覚野」にはA,B,D,CE の領域があり、触角付け根の神経は、それぞれこの中のどれか1 つの領域に情報を送る。

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神経細胞が興奮するときに蛍光の強さが変化する蛍光タンパク質を用いて神経の活動度を測定したところ、脳の領域A とB に投射する神経は触角の先を細かく振動させた場合(左)に特異的に反応し、領域C とE に投射する神経は触角を持続的に変位させた場合(右)に特異的に反応することがわかった

───これからの研究テーマや課題を教えてください。

これまで10年間研究してきて、ショウジョウバエがどのように音を受け取っているか、その初期段階については理解できてきました。けれども、ショウジョウバエの脳の中でその音刺激がどのように意味のある情報にかわるのか、その仕組みがわかっていません。これからその仕組みを探り、音によるコミュニケーションを成り立たせている聴覚情報処理システムの原理を解明していきたいと思っています。
また、そうした原理は、私たち人間の脳の仕組みと共通なものがあるのか、まったく違うものなのかも研究していきたいと思っています。

───研究の醍醐味はどんなところにありますか。

私たちは脳の中を直接見ることができないので、何が脳の中で起こっているのかはわかりません。いろいろな実験を通じて、脳の内部の構造がわかる瞬間があり、そのときはこの研究をしていてよかったと思いますね。

───先生にはまだ小さなお子さんがいます。研究と両立させるのは大変ではないですか。

どの人も、私たちの年代になればいろいろな問題に直面しながら生きているのだと思います。ご両親の介護をしなければならない人もいるでしょう。そういう意味では子どもを育てながら研究を続けることは、もちろん大変なこともあるけれど、ほかの人に比べて特別な負担がかかっているとは思っていません。

───最後に中高校生にメッセージをお願いします。

とくに高校生は、自分がどんな仕事、職業に向いているか、将来何になるかについていろいろ悩む時期ですね。何に向いているかを考える前にまず自分は何が好きか、何をやりたいかを考えることが大切だと思います。10代、20代のころは好きなことをとことん突き詰めていけばよいのではないでしょうか。自分の興味を見極めることは意外に難しいことかもしれないけれど、じっくり時間をかけて視野を広げながら自分の内面と向き合ってみてください。きっと将来につながる何かが見つかるはずですから。

(2012年5月25日取材)

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