この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第19回 発生学はアートだ。美しくなければ発生学ではない! 東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授 武田 洋幸

カエルが大の苦手で、ゼブラフィッシュ、そしてメダカの研究に

───大学での生命科学の授業はいかがでしたか。

高校生のとき、DNAの二重らせん構造のことを知り、大いに興味を持ちました。私が大学に入った頃は、ちょうど二重らせんが教育現場に普及した時期で、DNAという言葉で生命現象の多くを説明することができることがとても興味深く、学問としての新しい魅力にあふれている感じがしましたね。それと、自分が子どもの頃に自然に恵まれたところで昆虫や魚をとって遊んだ体験が重なり、生物学は楽しいと思えました。
そこで生物の中の動物の発生学を専攻し、3年生からは生物研究室で実習を受けることになりました。発生学の実習にはウズラの卵を使いました。先生がたくさん卵を持ってきて、あとは自分で好きにウズラの発生、器官が分化していく様子を観察していくんです。当時は写真は撮らずに細部まで丹念にスケッチしました。
スケッチをすることで動物の組織がどうなっているのかを知ることができたし、細胞はなぜこんなに美しく並んでいるのだろうなどと、興味津々でした。なによりもその形の美しさに感動しましたね。でも学生の中には、分子生物学のような最先端の生物学を学ぼうと思ったのに、博物学的な実習に嫌気がさして辞めていった人がいました。
私は発生生物学をもっと研究してみたいと思い、大学院に進むことにしました。

スケッチ
───それから、先生は研究対象として魚を選ぶわけですね。

ええ、そこにたどりつくまでにいろいろありましてね(笑)。
修士課程では水野丈夫教授の下で、ニワトリやマウスを使い消化管や前立腺の発生を研究していたのですが、先生が退官されて、後任の両生類の学者の下でカエルの研究をすることになりました。ところが私は、カエルが大の苦手(笑)。とにかく物心ついたときからカエルが嫌いで触ることだってできない(笑)。
そこで、環境を変える意味もあって、理化学研究所ライフサイエンス筑波研究センターに移ってマウスの白血病誘発機構の研究を始めたのですが、発生学ではなかったこともあってどうにも研究に身が入らなかった。それを研究室のボスが見ていたんでしょう、お酒を飲んでいる時に「好きな研究をやってみたら」と言ってくれました。ボスは本気で言ったかどうか知らないし、お酒の席だろうがなんだろうが、私は「しめた」と思いましたね。1週間後にはもう、近くの熱帯魚屋でゼブラフィッシュを買ってきてしまいました(笑)。

1985年5月から1986年3月まで、学術振興会在外派遣研究員として、英国ケンブリッジで過ごす。妻と友人たちとともに(左奥)

1985年5月から1986年3月まで、学術振興会在外派遣研究員として、英国ケンブリッジで過ごす。妻と友人たちとともに(左奥)

───発生学をやるのに、なぜ、ゼブラフィッシュでなければならなかったのですか。

私は発生学は美しくなければならないと思っています。「発生学はアートだ」がモットーなんです(笑)。
それに、ニワトリは卵を産んだ時はもう受精卵になっていて発生はすでに進みだしています。目の前で卵割してくれる動物が研究には必要で、そうなるとカエルか魚ということになるのですが、先ほど言ったようにカエルは絶対イヤ(笑)。それに、カエルやニワトリは世代交代があまり早くないので、親の遺伝子に細工をしてそれが子どもにどう表現されるのかを研究するには向いていないんです。魚なら2カ月もあれば子どもを生むし、その数も多い。そんなわけで、魚は新しく登場した実験動物として注目されていたのです。
私は、なによりもゼブラフィッシュの美しさにひかれました(笑)。しかも透明なので観察しやすい。それで、アメリカのオレゴン大学の研究者が書いた実験動物としてゼブラフィッシュを育てる本を手に入れて飼育し始めました。順調にコンスタントに卵を生むようになるまでには時間がかかりましたが、0.5㎜くらいの受精卵が発生していく様を顕微鏡で見ると、本当に美しかった。
研究の目的は発生に関係する遺伝子を単離してその機能を解析することでしたが、私の興味は背と腹の軸や頭がどうやって決まっていくかということでした。ゼブラフィッシュは15分に1回卵割するんです。20時間くらいたつと、もう頭ができてきて、頭が決まると身体の途中に節ができてきます。こうした発生過程をゼブラフィッシュで研究していきました。

ゼブラフィッシュの育て方について書かれた本

ゼブラフィッシュの育て方について書かれた本

ゼブラフィッシュの胚:背側に節のように見える構造が椎骨の原基

ゼブラフィッシュの胚:背側に節のように見える構造が椎骨の原基

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