この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第19回 発生学はアートだ。美しくなければ発生学ではない! 東京大学大学院理学系研究科 生物科学専攻 教授 武田 洋幸

日本人だけでメダカのゲノムを解読

───メダカの研究を始めたのはどのようなきっかけがあったのですか。

2000年に国立遺伝学研究所に移ったのですが、この頃、メダカは実験動物として使えるのではないかと考えるようになったのです。
実験動物はゲノムが解読されていることが重要です。病理などの研究には、突然変異の研究が必要で、そのときゲノムが解読されていないと、どの遺伝子が変化したのかにたどり着くのに時間がかかってしまう。ゼブラフィッシュはゲノムサイズが1500メガベース(塩基対にして15億対)もあり、それに対してメダカは700~800メガベースしかないんです。これからはゲノム時代だということもあり、ゲノムを解読するにはゲノムサイズが小さいメダカの方が有利だと思いました。
それにメダカは日本では江戸時代からペットとして飼われた歴史もあるほど親しみやすい魚です。メダカのゲノム解読を日本人の手でやろうというので、遺伝学研究所の小原雄治先生と東京大学理学部の森下真一先生と3人で、「メダカゲノムプロジェクト」を立ち上げ、共同で解読することにしました。

ヒメダカ成魚のペア(雌雄)

ヒメダカ成魚のペア(雌雄)

───それで、メダカのゲノム解読は順調に進んだのですか。

ゲノム配列を読むには階層別ショットガン法と全ゲノムショットガン法がありますが、予算と時間が限られていたことから、難易度は高いけれど比較的短時間で達成可能な全ゲノムショットガン法にチャレンジしました。森下先生の開発してくださった新しいアルゴリズムや、これまで作っておいた染色体上のマーカーを利用できたこと、均一な系統の個体が得られたことなどが功を奏して、2007年にすべてのゲノムを解読できました。
メダカくらいの大きさのゲノムを持った多細胞生物のゲノム解析を、日本人だけの、いわばオールジャパンの研究者でやったのは初めてのことだったので、反響も大きかったですよ。
解読の結果、いろいろおもしろいことが分かってきました。メダカの遺伝子の数は2万141個で、この数はヒトとほぼ同じでした。メダカは、南日本系統と北日本系統に分かれるのですが、南と北ではゲノムの3%に当たる塩基配列に違いが見られたんです。ヒトの場合、0.1%から0.3%ほどで人種が変わりますが、メダカは3%違っても種が変わらないことに驚かされました。

───ゲノムの解読がどのような研究に結びついたのですか。

ゲノム解読の研究と並行して、突然変異のメダカの研究を進めました。ゲノムが全部解読できているので、突然変異の影響が顕れているメダカは、どの遺伝子が変異しているのかが比較的早く突き止められます。
そうした変異体の中に、心臓が身体の左側に、肝臓が右側に配置された、「左右軸変異体」のメダカがおり、私たちはなぜそうした変異がおきるのか、原因遺伝子について研究しました。その結果、3系統の左右軸の変異体の原因遺伝子を突き止めました。その一つが「kint-oun(ktu)」です。
この変異体のメダカは、内臓の配置が完全にランダムになる左右軸喪失タイプでした。内臓の位置が左右で逆になっても、その個体は成魚まで生き続けることができるので、その成長過程を研究することができます。その過程で興味深いことに、成長してくると必ず腎臓肥大を起こすことが分かってきました。下腹部が膨れ上がり、背中が曲がって身体の形が孫悟空が空を飛ぶために乗る「キントウン」に似ていることから、この遺伝子をkint-ounと名づけたのです(笑)。
腎臓は小さな腎管の集合体でできているのですが、ktu変異体のメダカの腎臓はこの管をつくっている細胞が異常に増殖していて、たくさんの空砲(嚢胞)がつくられていました。こうした病変は、ヒトの場合の多発性嚢胞腎症という遺伝病によく似ているのです。腎管の中には織毛が生えていて、腎管内を流れる液体(原尿)の流れる速度や圧力をコントロールしています。しかし、ktu変異体では織毛の異常で、こうした機能がうまく働いていないことが分かりました。
ktu遺伝子の研究を進めていけば、ヒトの多発性嚢胞腎症の発生の原因も分るのではないかと考えています。

(A) 受精後3日目の胚。白線は心臓。変異体(右)は左側へループしている(B) メダカ成体(3カ月)。変異体の腹部が腎臓肥大を発症して膨らみ背骨が湾曲している

(A) 受精後3日目の胚。白線は心臓。変異体(右)は左側へループしている
(B) メダカ成体(3カ月)。変異体の腹部が腎臓肥大を発症して膨らみ背骨が湾曲している

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