この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」第20回 ワシントン大学の厳しい指導教授に鍛えられたことが財産に 名古屋大学大学院 理学研究科 生命理学専攻 教授 森 郁恵

新しいモデル動物、線虫に出合う

───ワシントン大学ではどんな研究に取り組んだのですか。

アメリカの大学院では、ラボローテーションという制度があります。学位を取得する研究室を決める前に、3つの研究室にそれぞれ3カ月程度滞在するという制度です。2つ目の研究室を巡っていたとき、「Cell」という科学雑誌に線虫というモデル動物のことが掲載されていました。そのころはまだ、線虫を使った研究の論文が国際的にもぼつぼつ出始めたころで、日本では研究対象としてはまったく馴染みのない動物です。でもその雑誌を読んで、線虫に新しいモデル動物の可能性を感じました。それまではショウジョウバエをモデル動物としてきたわけですが、線虫の研究室で学位を取ることを決意しました。
分子生物学の創始者の1人でもあり、線虫をモデル動物とする研究体系を確立したシドニー・ブレナーの最初の弟子であるロバート・ウォーターストン教授が、私の指導教官でしたが、すごく怖い先生で、いろいろな質問をして私の能力を試すんです。そうした試練に耐えながら、学位取得の勉強を続けました。
学位取得がまた大変です。まず筆記試験に合格しないと学位取得のための研究を始められません。2回不合格になると退学になってしまいます。それをクリアすると、「審査会」にパスしなければならない。主査はウォーターストン教授で、副査は5人の先生が担当します。研究が進んでいないと、すぐに退学させられます。

ワシントン大学の仲間たち。右から3人目がロバート・ウォーターストン教授

ワシントン大学の仲間たち。右から3人目がロバート・ウォーターストン教授

佐賀県唐津城にて。後列右は、現在研究している「温度走性」を最初に報告したエドワード・ヘジコック教授

佐賀県唐津城にて。後列右は、現在研究している「温度走性」を最初に報告したエドワード・ヘジコック教授

───すごく厳しいのですね。
Ph.D取得

Ph.D取得

ええ、でも、そのあとでさらに「学位論文公聴会」を通らなければならない。副査の先生がひとり30分程度、とても意地悪な質問をしてきます。これに対して、研究の根拠、必然性、成果について、「すべて妥当であり、重要である」と説明しなければなりません。この儀式を「ディフェンス」というのですが、ディフェンスが終わったあと、疲れ切って研究室に戻ったら、みんなが「おめでとう!」と祝福してくれました。学位を取得する学生が出ると、指導教官はシャンパンボトルを2ダースふるまうことになっていて、ウォーターストンはちゃんと準備をしてくれていました。ウォーターストンの研究室はポスドクが中心で、学生がいなかったため、彼の学生としては私が博士号を取得した第1号でした。
いま思えば、アメリカの研究室でこうした厳しいトレーニングを積めたことは、その後の私の研究生活に非常にプラスになっています。

───それから帰国して、線虫の研究を続けていくわけですね。

帰国した理由のひとつは、長い間英語圏に暮らしていて、根無し草になってしまうのではないかということがありました。
それで、私を使ってくれる研究室を探して日本の大学を行脚したのですが、研究対象をショウジョウバエから線虫に変えたことで、日本での研究上のコネを失ってしまったこともあり、なかなか決まりませんでした。当時、線虫の研究をしている先生はほとんどいなくて、研究室を回って歩くと、「線虫をやっても研究費はつかないよ」と言われましたね。でも、私は「線虫をやるぞ! 線虫で勝負だ!」と、思っていました。
そうしたところ、九州大学の教授に就任された大島靖美先生が「線虫の神経生物学のラボを創設したい」と考えておられ、私を助手として採用してくださったのです。渡米する前に「遺伝子の言葉で行動を語る研究がしたい」と、お茶の水女子大学の先生に話した研究ができることになり、とてもうれしかったですね。

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