この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

世界で初めてマーモセットの遺伝子改変に成功

───大学院に進んだのは、研究者をめざしてのことですね?

筑波大学では大学院は修士課程はなく、5年間の博士課程(ドクターコース)があるだけなのです。ドクターコースに進むからには、企業などに就職するのではなく、研究者の道に進もうと考えていました。
大学院では、ある先生がニワトリの卵が細胞分裂している時期の細胞をバラバラにして、違うニワトリに入れるとキメラ(異なる遺伝情報を持つ細胞が混じった生物個体)ができるという論文を紹介していて、「私がやりたいテーマはこれだ!」とぜひその研究がしたいと申し出たのですが、そのテーマは他の留学生に与えたものだというので却下されてしまいました。その頃たまたま知り合った農林水産省の研究所の先生が、トランスジェニック・ニワトリをつくる研究を進めているがやる気があるなら来てみませんかと誘ってくださったのです。当時トランスジェニック・マウスはすでにできていたのですが、ニワトリはまだ誰も手がけていなかったので、ぜひチャレンジしたいとその先生のもとで取り組みました。今思うとずいぶん恵まれていたと思います。その研究所で、世界で初めてニワトリの遺伝子改変に成功して、NHKのテレビのニュースでも紹介されました。
その後、海外で研究生活を送りたいということもあって、ニワトリのES細胞をつくる研究をしているカナダの大学に留学して研究を続けました。

大学院時代を過ごした農林水産省の研究所の仲間たちと(中列 左から二人目)

大学院時代を過ごした農林水産省の研究所の仲間たちと(中列 左から二人目)

───カナダでの生活はいかがでしたか。
留学先のカナダで

留学先のカナダで

大学はトロントから1時間ほど車で行ったところにある大きな町にありました。でも日本人は町全体で5~6人くらいしかおらず、病院へ行ったら、「あなたは初めて見た日本人だ」と言われたくらいです(笑)。休日にはカヌーに出かけたりしましたが、同じカナダでもカナディアン・ロッキーとは違い、大自然を満喫するというほどではなかったですね。
研究生活では、日本の研究者は長い時間、働くことをよしとする傾向がありますが、彼らは集中的にやって、終わるとパッと帰り、きちんと成果を出していたことが大いに参考になりました。このように、カナダの研究生活で得たものはあったのですが、私が就いた先生のラボは、先生の都合で1年半で解散してしまったので、ほかのラボを探すなど大変でした。同じ大学にいた日本人の先生が声をかけてくれてしばらくお世話になったのですが、本当に私がやりたい研究ではありませんでした。
一緒にカナダに住んでいた主人が日本で就職が決まったこともあり、私も日本で仕事を探すことにしました。たまたま東京大学医科学研究所の募集があり、分子生物学や発生生物学の分野だというので応募したところ、そこで、マーモセットのES細胞を使った血液疾患の再生医療に向けた研究に取り組むことになったのです。めざす研究にぴったりでした。東大の医科学研究所には2年ほどいて、2003年に共同研究していた現在の研究所に移りました。

───それから本格的にトランスジェニック・マーモセットの研究が始まるわけですね。先生の研究内容の概略を教えてください。

私たちが研究対象としているトランスジェニック動物というのは、遺伝子工学の技術によって人為的にその個体の遺伝子を変化させた動物で、たとえば、ある病気がどんな遺伝子の不具合によって起きるかなどを研究する上で重要な役割を果たします。これまで、マウスではつくられてきましたが、同じ脊椎動物でもマウスとヒトでは種が離れていることから、マウスで実験した結果がそのままヒトにあてはまるとは限りません。そこで、よりヒトに近い霊長類での遺伝子改変が実現できれば、ヒトの病気の解明や治療の安全性・有効性の評価に役立つわけです。

───霊長類の中でマーモセットを選んだのはなぜですか。

その最大の理由は、実験動物に適したマーモセットの集団が存在していて、トランスジェニックをつくる上で必要な多くの良質な受精卵を採取できたことです。また、同じ霊長類でもアカゲザルやカニクイザルなどの場合は、性的に成熟するまで3年もかかるのに、マーモセットは1歳半で性的に成熟し、しかもアカゲザルなどと違って授乳中にも妊娠が可能です。妊娠期間が平均して150日くらいなので、年に2回の出産が可能、小さいので取り扱いやすいなど、実験動物として優れた条件が揃っていました。

マーモセットは体長15~20cm程度と、小さく扱いやすい

マーモセットは体長15~20cm程度と、小さく扱いやすい

───どのようにしてトランスジェニック・マーモセットをつくったのでしょう。

トランスジェニック動物をつくるには、「遺伝子を細いガラスの針を使って直接核に注入する」、「遺伝子を改変したES細胞を胚に移植する」、「導入したい遺伝子をウイルスに組み込んで受精卵に感染させる(ウイルスベクター)」という3つの方法があります。
私たちは、いろいろ検討した結果、ウイルスベクターによる方法を採用しました。遺伝子を直接核に注入する方法は成功の確率が低いこと、ES細胞を使う方法は、マウスであれば発生初期の胚盤胞にES細胞を入れると分裂・分化を繰り返してキメラマウスができるのに、マーモセットの場合はキメラが生まれないことから、この2つの方法は除外しました。
ウイルスベクターを使う方法にも難しさがありました。それは、マーモセットの場合、受精卵とそれを覆う透明帯という膜との間の間隔が狭くてウイルスベクターをうまく注入できないことでした。そこで、浸透圧を変えるスクロース液を培地に加えたところ、受精卵が収縮して受精卵と透明な膜の間が広がり、ウイルスベクターをスムーズに注入することができるようになったのです。
送り込んだ遺伝子には、GPF(緑色蛍光蛋白)を導入しておいたので、遺伝子導入に成功した受精卵はピカピカと光っていました。この蛍光を発している受精卵だけをマーモセットの母親の胎内に戻したところ、4匹が妊娠し5匹のトランスジェニック・マーモセットが生まれました。

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