この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

あこがれの『Nature』に論文が掲載された!

───トランスジェニック・マーモセットの論文は、『Nature』にも掲載されました。その知らせを受けたときはどんな気持ちでしたか?

やはり研究者ならNature誌に論文を掲載するのは大きな夢でしたから「やった!」と思いましたね。編集部と何度かやりとりをして、孫世代のマーモセットにもGFP遺伝子が受け継がれていることなどのデータを加えて再投稿したあと、夜中にメールをチェックしていたら「論文が受理された」という知らせが入っていたのです。でも続けて、「しかし論文を書き直してほしい」という意味のことが書いてあった。論文が通っているのになぜなんだろうと、共同研究を行っていた慶應大学の岡野栄之先生にメールしたら、「Natureではアクセプトしたとしてもフォームをきちんと整えるために書き直しを要求してくる。おめでとう!」という内容の返事をいただき、「ああ、あこがれのNatureに論文が載るんだ」とあらためて感激しました。

トランスジェニック・マーモセットが表紙を飾った
Reprinted by permission from Nature
Vol.459, pp.523-527, 28 May 2009
Copyright: Macmillan Publishers Limited.

トランスジェニック・マーモセットが表紙を飾った
Reprinted by permission from Nature
Vol.459, pp.523-527, 28 May 2009
Copyright: Macmillan Publishers Limited.

───現在はどんなテーマに取り組んでいらっしゃいますか。

この技術をもとに、ヒトの疾患モデルをつくって、その疾患に効果のある薬を開発したり、損傷などで機能しなくなった組織を再生医療で治療する際の安全性や有効性を検証することに役立たせたいと考えています。たとえば、アルツハイマー病は、変形したタンパク質が脳に影響を及ぼして発症すると考えられていて、変形したタンパク質をつくる変異遺伝子をマーモセットに導入すれば、アルツハイマー病を人為的に発症させることができるわけです。
ただウィルスベクターによる方法では、特定のタンパク質が壊れて働かなくなるような疾患は再現できません。これには標的遺伝子の機能を失わせた、ノックアウト・マーモセットをつくることが必要です。最近開発された新しい手法を用いて開発に取り組んでおり、近いうちにおもしろい結果に結びつくのではと考えています。
私は専門分野を持った医者ではないので、ある一つの分野の疾患にターゲットを当てるというよりは、どんな疾患にでも役立てられるモデルをつくりたいと思っています。

───これからの目標を教えてください。

この研究を通じて、生命の発生のメカニズム、あるいは細胞の多能性とはどういうことなのかなどを明らかにしたいと考えています。たとえば先ほど申し上げた、マウスではキメラができるけれどマーモセットではキメラができないのはなぜか、いま話題の何にでもなれるiPS細胞を子宮に戻しても子どもにならないのはなぜか。受精卵だけが全能性を持つ秘密を明らかにしたいのです。そこにはまだまだ多くの深い謎が隠されており、研究のしがいのあるテーマです。生命の発生については、子どもの頃から疑問に思っていた謎であり、そういう意味では私が一貫して追求してきたテーマと言えますね。

───これまで研究の対象としてきたマーモセットへの思いを聞かせてください。

とにかく、おもしろくて、見ていて飽きない動物ですね。非常に好奇心が強く、飼育室に入っていくと、じっと人を観察する。穴なんかあると手を突っ込んでみる。そして世話をしてやると反応してくれます。彼らは他の猿のように群れで生活せずに家族単位で生活していて、お兄ちゃん、お姉ちゃんが赤ちゃんの面倒をみてお母さんを助けたりするんですよ。そして、音声コミュニケーションが豊かで、おしゃべり好きなんですね。とても愛すべき動物です。ですから、マーモセットに限った話ではありませんが、なるべく動物を傷つけないように実験する方法を考えるなど、実験動物の生命を大切にしたいと思います。
動物に対する生命倫理は、その国や地域の文化によって違います。たとえば、日本人の場合、もし実験動物の具合が悪ければ治療して、一生懸命助けようとするでしょう。ところが、欧米では具合が悪ければ、かわいそうなので生命を絶ってしまおうと考えます。麻酔なども3回以上かけるのはかわいそうなので、それ以上麻酔をかけなければならないのなら、生命を絶とうというのです。これには、少し驚きました。こうした実験動物の生命のあり方についても、これから宗教や倫理の問題を含めて考えていかなければと思っています。

───最後に、若い人へのメッセージをお願いします。

とにかく好奇心を持って、好きなことを見つけてほしいと思います。好きなことが見つからなかったら、どんどんいろいろなことにトライして見つけていけばいいのではないでしょうか。最近の若い人は海外に行くことを嫌がる人が多いけれど、私は海外留学してとてもよい経験になりました。言葉が通じない中で自分の能力を試し、切り開いていくのはおもしろかったですね。いろいろなことにチャレンジして、楽しめる人になってほしい。

(2013年2月20日取材 2013年3月26日公開)

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