この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

新しい遺伝子治療の治験スタート

───先生の専門である筋ジストロフィーと、先生の研究について話してください。

筋ジストロフィーは、筋肉の細胞が壊れることにより身体、手足などが動かなくなる、遺伝子に異常がある病気です。中でもデュシェンヌ型筋ジストロフィーは、もっとも患者数も多く、病状も重いのが特徴です。デュシェンヌ型は、全身の骨格筋、心筋が壊れて、呼吸不全を起こしてしまうやっかいな病気で、今もって本質的な治療方法はないとされています。
私がパスツール研究所にいたときに、筋ジストロフィーの原因遺伝子がジストロフィンと分かり、デュシェンヌ型の場合は、ジストロフィン・タンパク質が産生されないために起きる疾患と判明したのです。私は、筋ジストロフィーは遺伝子の病気なので、正常な遺伝子を入れる遺伝子治療によって治すことができるのではないかと考えました。
パスツール研究所から日本に戻って、現在の研究所に入り、本格的に筋ジストロフィーの新しい治療方法の開発を目指して研究に没頭しました。

───順調に研究は進んだのですか。

いえ、最初は正常な遺伝子を外から細胞の中に送り込んで治療する遺伝子治療を考えたのです。外から細胞の中に遺伝子を送り込むには、送り込みたい遺伝子をウイルスに乗せて、それを患者さんの細胞に感染させる方法をとります。これをウイルスベクター(遺伝子の運び屋)を用いる方法というのですが、ジストロフィンは遺伝子のサイズが大きすぎるうえに、ウイルスベクターを用いるとどうしても免疫反応が起きるので患者さんには使いにくかったのです。
そんなとき、「エクソン・スキップ」という方法が有効ではないかと思うようになりました。
ヒトの染色体の遺伝子(ゲノム)には、「エクソン」と呼ばれる箱があって、それを「イントロン」と呼ばれる塩基配列がつないでいます。ジストロフィン遺伝子には、79の箱があり、次々と読んでいけば最終的に遺伝子が読まれて、タンパク質ができることになります。
ところが、デュシェンヌ型の場合、あるエクソンに変異が起きることによって変異部分より先のエクソンが読めなくなり、タンパク質がつくられなくなってしまうことが分かってきたのです。そこで遺伝子を構成する核酸に似せた薬剤を投与し、その変異のあるエクソンあるいは近傍のエクソンの部分にふたをして読めなくしてしまい、その部分を飛び越して正常な遺伝子だけを読むようにすれば、遺伝子の重大な変異が回避されてタンパク質がつくられる方法が有利ではないかと思いました。それが「エクソン・スキップ」です。

エクソン・スキップ
───どんな実験で「エクソン・スキップ」の有効性を確かめたのですか。
筋ジストロフィー犬

筋ジストロフィー犬

最初はマウスを使ったのですが、マウスは20gそこそこですからその結果を体重が1000倍もあるヒトに応用するには無理があります。私たちの先輩が、アメリカにジストロフィンの遺伝子異常のあるゴールデンレトリバー犬がいることに気付きましたが、ゴールデンレトリバー犬は、あまりにも大きいうえに重症で扱いづらいと思われました。そこで、その犬の精子を凍結して、日本でより小型のビーグル犬に人工授精して、筋ジストロフィービーグル犬をつくっていたのです。
この犬に変異部分をスキップする薬を投与したところ、ゆっくり歩くことしかできないビーグル犬が施設の廊下を走る能力を維持することができたのです。モデル動物を使い、エクソン・スキップという治療法が有効であるということを初めて発表することができました。

───その反響はどうでしたか。

世界中の多くの患者さんや研究者に治療の可能性を感じていただきましたし、企業も私たちの治療法に関心を寄せてくれるようになりました。筋ジストロフィーの患者さんを治療できる流れができたと思いました。
こうした流れを受けて、患者さんの登録制度をつくることを提案しました。治療を受けたいと思っても、筋ジストロフィーは希少性疾患で患者さんの数が少なく、どんなタイプの患者さんがどこにいるのかが分からなかったからです。
また、標準的な臨床評価法を確立して医療機関を結ぶネットワークを作る必要性も痛感しました。これは現在の筋ジストロフィー臨床試験ネットワークにつながるもので、幸いこの2つはこのセンターの若い先生たちを中心にした努力により実現することができました。

Remudy

筋ジストロフィーを含む神経筋疾患の患者さんの登録サイト「Remudy」(Registry of Muscular Dystrophy)

───これからの研究の見通しはどうですか。

すでにこのアイデアに基づいた世界有数の企業によるエクソン・スキップの臨床治験が国際共同研究グル―プで進められており、日本でも我が国独自に開発された薬剤を使った別の臨床試験がこの夏からスタートします。この研究が順調に推移すれば、デュシェンヌ型以外の筋ジストロフィーや、筋萎縮性側索硬化症などの病気などにも応用できると考えています。さらに将来的には、病気の原因となっている遺伝子にふたをして動かないようにしてやれば、遺伝子異常を背景とする高血圧症、脂質異常症、喘息、ガンなどの治療にも道を拓いていくことになるでしょう。
また、患者さんの皮膚からつくったiPS細胞のジストロフィン遺伝子を修復して、正常な筋肉細胞に成長させ、患者さんの体内に移植させる治療法などにも取り組みたいと考えています。

───最後に中高校生へのメッセージを。

そのときに恵まれていなくても、強い意志を持ち健康であれば、必ずなんとかなると思ってください。その時できることを精いっぱいやること。そして、何か一つのことを成し遂げるために捨てなければならないことがあったら、勇気を持って捨てることも大切だと思います。

(2013年7月9日取材)

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