この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

免疫の研究から幹細胞研究にシフト

───大学ではどんな医学の勉強をしたのですか。

筑波大学は1年生のときから教授と密接にかかわりながら医学セミナーを受講できるシステムがあり、外科医を目指していた私は、臓器移植の第一人者である岩崎洋治先生のセミナーに参加しました。そこで先生から「臓器移植について調べよ」という課題をいただいたのですが、ちょうどその頃、人工心臓の移植が世界で初めてアメリカで臨床応用されたこともあり、モノづくりにも興味があったので、臓器移植ではなく人工臓器について調べたいと申し出たところ、先生はそれをまったく否定せず、人工臓器は難しいから人工血管に絞るといいとアドバイスをくださったのです。そして「君は臓器移植に興味はないかね」と尋ねられました。

───それが谷口先生の現在の研究につながる第一歩になったわけですね。

現在では「臓器移植法」が施行されるなど環境が整っていますが、当時、1980年代の初めは、まだ臓器移植について社会的なコンセンサスが取れていない時代でした。岩崎先生はそんな時代にあって、「誰かが臓器移植を手掛けなければ、日本の臓器移植は世界の後進国となってしまい、患者さんを助けることができなくなってしまう」と私たちに語りかけたのです。
当時の状況下では、臓器移植を手掛けることは、医師としての生命にもかかわることだったのですが、あえて岩崎先生は膵臓腎臓の移植手術に挑みました。「こんな素晴らしい先生がいるんだ」と私は非常に感動して、岩崎先生のもとで学びたいと考え、臓器移植の研究を行うことにしました。最初は犬への移植実験を手伝ったりしていたのですが、本格的に研究をやりたいと大学院へ進むことを決めたところ、臓器移植の執刀をするにはまず免疫の勉強をするように先生から言われたのです。

───具体的にはどんな研究をしたのですか。

臓器移植をすると、他人の臓器を拒否しようとする免疫の仕組みが働きますが、その働きを免疫抑制剤を使って抑えると、今度は免疫力が低下して合併症などを誘発してしまいます。大学院では、免疫寛容誘導という方法によって免疫抑制剤を使わずに免疫の働きを抑える手法を研究し、その内容は臨床応用への発展も期待できるレベルのものでした。
当時理化学研究所で免疫学の研究されていた中内啓光教授(現・東京大学幹細胞治療研究センター教授)のもとで研究することになりましたが、そのとき、中内先生は「君が一人前になる頃には、もう免疫学の研究は峠を越えてしまっている。それよりもこれからは、Stem Cell(幹細胞)の時代だ!」とおっしゃったのです。ちょうど中内先生ご自身が免疫学から幹細胞研究へシフトしようとしている時期でした。

───それで、谷口先生も幹細胞の研究を手掛けるようになるわけですね。

ええ、中内先生から「免疫学はもう分子生物学の領域が残されているだけだし、分子生物学はまじめにやる人向けのもの。君のような地道に積み重ねることが性に合わない人間には向いていない」と言われてしまって(笑)。そう言われて細胞に付き合ってみると、確かに細胞は人間に近いところがある。細胞は生き物で、なかなかこちらが思っているようにはいかないことも多いし、細胞によるばらつきも大きい。病院で診ている患者さんと同じなんです。私は人間が好きなので、分子を相手にしているより、細胞を相手にしているほうが楽しいと思いました。分子生物学をやっている先輩からは、そんなのは科学じゃないと言われましたけど(笑)。

PAGE TOPへ
ALUSES mail