この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

肝臓の中にも幹細胞が存在する!

───谷口先生は、臓器移植の臨床医、研究者を目指しておられましたが、幹細胞の研究とはどう結びつくのでしょう。

私は移植外科医で、肝臓移植をする医師のチームで仕事していました。中内先生は肝臓の研究こそしていませんでしたが、幹細胞は研究対象として実に魅力的でした。そこで、いつか幹細胞の研究を肝臓移植にリンクしたいと考えていました。
あるとき、研究テーマを決めるディスカッションで、私が「肝臓の幹細胞の研究をしたい」と言うと、ラボの先輩たちに「おまえは生物学の基本的な教科書すら勉強していない」と批判されました。当時の生物学の教科書には、肝臓の再生能力が高いのは肝細胞が頻繁に分裂しているからであって、肝臓には幹細胞が存在しないとされていたからです。しかし中内先生は「教科書を否定することこそ研究者の仕事だ。みんなも見習え」と、研究のサポートを約束してくれました。

───肝臓の中に幹細胞が存在するという確信はあったのですか?

ええ。これまで肝臓に幹細胞がないという証明は、肝臓を70%切除して30%を残したままのモデルを使っていたのです。しかし30%も残っていると、肝細胞の1個が分裂して2個になるだけで、あっという間に再生されてしまい、そこに本当に幹細胞がないかどうかは証明のしようがありません。
私は、中内先生のもとで開発した、個体中にごくわずかしか存在しない造血幹細胞を分離・同定する手法を応用することができるはずだと考えました。しかし理論的には完璧だと思っていても、細胞培養の条件設定などがなかなか難しく、詳しいことは省きますが、肝幹細胞を解析するためのコロニーアッセイ系を構築するのに2年もかかってしまいました。

───2年間研究成果が出ないと焦りとかは感じないものなのですか。

当時、臨床医をしながら研究を続けていたのです。このとき臨床現場に戻っていたのが幸いしました。普通の研究者の場合、2年間ノーデータだと焦りを感じてしまいますが、臨床医として食い扶持は稼いでいましたから。
それと、私の研究を鈴木淳史君という優秀な大学院生が継いでくれたことも幸いでした。彼は出来上がったアッセイ系を駆使して次々とデータを出し、論文を仕上げてくれたんです。彼はいま九州大学の教授になっていますが、私は岩崎先生、中内先生、鈴木先生など人との出会いに恵まれているとつくづく感じます。
そうした研究が実を結んで、1999年にはマウス胎仔の肝臓組織から世界で初めて幹細胞を分離することに成功しました。

1個の肝幹細胞から形成されたクローン性コロニー

1個の肝幹細胞から形成されたクローン性コロニー

img02

1個の肝幹細胞から肝細胞と胆管細胞という異なった細胞が分化する!
培養系における肝幹細胞の多分化能を調べた。緑は肝臓で合成されるタンパク質のアルブミンを含む細胞、赤は胆管細胞系列のマーカーであるサイトケラチン19が陽性反応を示した細胞。
Hepatology 2000:32 (6): 1230-1239. より引用

PAGE TOPへ
ALUSES mail