この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」

ハダカデバネズミの長寿とがん耐性の秘密を解き明かしたい

───先生はハダカデバネズミの研究をなさっていますが、ネズミとの出会いは?

ドクターコースを修了した時、そのまま京都大学のiPS細胞研究所で研究するか、留学するかいろいろ迷っていました。もともと変な動物が好きで、博士課程の時ハダカデバネズミの存在を知り、このネズミの研究ができたら面白いと思ったんです。それまで分子生物学の研究対象になる動物は、ゲノム解析が進んでいたハエ、マウス、線虫などのモデル動物に限定されていたんですが、次世代シークエンサーが開発されて、いろいろな動物のゲノム解析が進むようになり、ハダカデバネズミも研究対象にできると思いました。それなら、思い切ってこの変な動物をやってやろうと。

───実際にハダカデバネズミを扱うようになったのは?

当時、理化学研究所に在籍されていた現東大教授の岡ノ谷一夫先生が日本で唯一このネズミの研究をされていると聞き、研究室に入れてほしいとお願いしたところ、「もうハダカデバネズミの研究はしないから君にあげるよ」って(笑)。でも、引き取るにもお金がかかるし、卒業したてのポスドクの私にはそんな資金はないし、どうしようかと思っていたら、岡野先生が興味をもってくださり、慶應義塾大学の研究室の中に飼育室を整えたり、いろいろ援助してくださったのです。

岡野先生・茗溪学園3年生(当時)の四宮有紗さんと。(写真左)四宮さんは「未来の科学者養成講座」でハダカデバネズミの研究に携わり、優秀賞を獲得!

岡野先生・茗溪学園3年生(当時)の四宮有紗さんと。(写真左)
四宮さんは「未来の科学者養成講座」でハダカデバネズミの研究に携わり、優秀賞を獲得!

───ハダカデバネズミってどんなネズミなのですか。

アフリカのエチオピア、ケニア、ソマリアなどのサバンナの地中に暮らしているげっ歯類です。彼らは地下のトンネルの中で数十匹から最大300匹くらいの大規模な群れをつくって生活しています。アリやハチのような社会性をもっていて、群れの中には一匹の女王ネズミと数匹の王ネズミがいて、彼らだけが生殖を行い、ほかのネズミは生殖行為をしません。非繁殖ネズミは兵隊、穴堀り、食料調達、仔守りなどの役割を持っていて、協調して集団生活をしているのです。
なかでも興味深いのは、ハダカデバネズミは、からだの大きさはほぼマウスと同じですが、すごく長生きで平均寿命は28年もあること。そして実験用のマウスは生きているうちに約半数程度にがんが発生しますが、これまでのところがんにかかったハダカデバネズミは1匹も確認されていないことです。

体長は8~10cm 出っ歯で毛がない

体長は8~10cm 出っ歯で毛がない

ハダカデバネズミは自然下では、主に植物の根やイモ類を食べる

ハダカデバネズミは自然下では、主に植物の根やイモ類を食べる

研究室で育てる場合は、アクリル製ボックスをトンネルでつなぎ、温度30度、湿度60%の部屋で飼育する

研究室で育てる場合は、アクリル製ボックスをトンネルでつなぎ、温度30度、湿度60%の部屋で飼育する

動画でハダカデバネズミを観察してみよう!

根菜や果物を食べるハダカデバネズミたち

トンネルを元気に走り回るハダカデバネズミたち

集団生活をし、仲がよい

写真・動画提供/三浦研究室
───長寿でがんにかからないというと、医療への応用も含めて興味深い研究対象ですね。その理由はかなりわかってきたのですか。

まだほとんどわかっておらず、これから乞うご期待というところで、だからこそやりがいがあるので研究対象に選んだわけです。ただ、これまでの研究では、分子量が大きいヒアルロン酸を分泌することで早期に細胞増殖を止めるがん抑制機能をもっている、タンパク質が酸化ストレスによって損傷を受けても活性を失いにくい、低体温、低酸素で生きていて新陳代謝が低いといったことなどががん化耐性・長寿に関与するのではと考えられています。しかしこれらが実際のところどのくらい重要なのかは不明で、これからの検証が必要です。
遺伝子の面から考えると、ある一つの遺伝子によって長寿やがん耐性が決まるのではなく、さまざまな遺伝子が関係しているのだと思っています。

───そうした謎を探求するために、これまでどんな実験や研究に取り組んできたのですか。

ハダカデバネズミの細胞から採取した細胞の挙動やがん抑制遺伝子の配列などを解析したり、また、私が携わったiPS細胞の研究を活かして、ハダカデバネズミの細胞からiPS細胞を作製しています。その結果、ハダカデバネズミから作製したiPS細胞には、この種特有の面白い腫瘍化耐性機構があることが見つかっています。社会性の解析の方では、核磁気共鳴画像装置(MRI)で脳を調べ、女王と兵隊などのワーカーでどんな違いがあるかを調べています。

───ハダカデバネズミの研究で難しいのはどんなところですか。

岡ノ谷先生からハダカデバネズミ30匹をいただいて研究をスタートしたのですが、普通のネズミと違ってなかなか繁殖しないんです。実験用のマウスのようにねずみ算式に増えるのかと思いきや、1年半もの間1匹も仔が生まれませんでした。30匹だけではなかなか思うように研究ができず、岡野先生からは「ハダカデバネズミ、産まれましたか」とすれ違うたびに聞かれるし、当時は教授室に書き置き残して逃亡したい気分でしたね(笑)。その後安定して繁殖がうまくいくようになり、今北海道大学の研究室では160匹に増えています。
ハダカデバネズミは、マウスや線虫などのモデル動物と比較して寿命が長いので、そのぶん世代変化などを観察・研究しにくい面はあります。今生まれた仔ハダカデバネズミが成長し、世代交代するころは、私の方が定年になってしまう(笑)。もっとも、短命のモデル動物よりヒトに近いので、ヒトとの比較研究に適しているという研究者もいます。

───これからの研究目標を聞かせてください。

これから10年間でハダカデバネズミの長寿やがん耐性のメカニズム・関与遺伝子について明らかにしていきたいですね。その後には、遺伝子の面からだけでなく、地下の生息環境や、女王と王だけが生殖行為をし、ほかは兵士などのワーカーであるという社会性が、特異な長寿・がん耐性能力の獲得とどんな関係にあるのか、進化的な観点でも研究を進めていきたいなと思っています。でももしかしたら、他のもっと変ないきものにも手を出していくかもしれません(笑)。

三浦研 2015年集合写真。北大医学部前の満開の八重桜の下で

三浦研 2015年集合写真。北大医学部前の満開の八重桜の下で

───女性で研究者を目指している中高校生にアドバイスがあれば。

女性とか男性とかは関係ないと思っているので、男の子も女の子も性にとらわれず、好きなことを精いっぱいやってほしい。好きこそものの上手なれ、です。あえて女性へ何か言うとすれば、時期によっては出産や子育てで少しワークライフバランスに配慮する期間が必要ではあるけれど、研究者は女性でも十分やっていける仕事で、女性という意味でのハードルは巷で言われるほどには全く高くないと思います。やりたい気持ちがあるならぜひチャレンジしてみてください。

(2015年6月23日取材)

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