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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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アメリカ留学で学んだ、オリジナルな実験をデザインする重要性

———そこでアメリカに留学するのですね。

やがて田中先生は金沢大学に移られ、あとを継いだ石川裕二先生の指導を受けるうち、アメリカへの留学を勧められました。私自身は、新しい実験手法を身につけてもなお、脊椎動物の頭部問題に執着していましたから、できれば脳神経の研究を行っているところに行きたかったのです。が、空いているポスドクの口がなかった。そこで、胸腺の研究をしているジョージア医科大学のラボを選びました。胸腺はエラから発生した器官であり、胸腺の形成や分化には神経堤細胞が重要な役割を果たしています。一方、私が研究したかった神経は鰓弓(さいきゅう)神経といって、もともとエラの中に発生する神経なので、共通したところがあるに違いないと考えたのです。
その後、分子生物学をさらに深く学びたいとヒューストンにあるベイラー医科大学に移りました。今後研究を進展させるために、分子生物学と比較形態学、実験発生学とを結びつけていく重要性を痛感したからです。

———アメリカではどのような研究に取り組んだのですか。

ニワトリの胚発生で後脳にあらわれる「ロンボメア」と呼ばれる分節を別の場所に移すと、形態パターンや遺伝子発現がどのように変化するかを観察しました。一連の研究を通じて、実験をいかにデザインし、展開するか。また、自分の説をアピールするにあたっての戦略の重要性を学びましたね。
いろいろな実験を考え出しました。昔と同じ実験を繰り返すだけでは新しい発見はできません。実験発生学者は、常に自分でオリジナルの実験法を編み出すものなのです。

———そのほか、アメリカでの思い出を教えてください。

学問上の憧れであったノーデン博士のところに遊びに行って議論したことがあります。あれは、非常に楽しい経験でしたねぇ。

———そして、実験スキルや発想の引き出しをたくさんつくって帰国なさったわけですね。

日本に帰ってからの熊本大学と岡山大学時代は、もっぱらヤツメウナギを研究対象にしました。ヤツメウナギは脊椎動物の中でも最も原始的な動物とされる円口類*で、アゴがなく、その祖先は人類を含めた現存するほかの脊椎動物と約5億年前に分岐したと考えられています。われわれのようにアゴを持った脊椎動物が進化するはるか以前、まったく別の方向へと進化したヤツメウナギの発生を詳細に観察することで、アゴが進化しえた理由を逆に問うことができると考えたわけです。

*アゴの代わりに 丸い口をもち,鼻孔が1つしかないという特徴から円口類とよばれる

脊椎動物は、アゴを持つ顎口類と、顎を持たない円口類に分けられる。現在生息している円口類はヤツメウナギとヌタウナギのみ

———アゴは先生の関心のあった頭部と何か関係があるのですか。

われわれの脳神経はきわめて複雑な形をしていますが、その本質的な成り立ちを調べていくとエラとの分節的な対応関係が確認でき、エラの一つひとつとともに微妙に形を変えていったことがわかります。そして、エラのうち、最も前にあって摂食、咀嚼の機能を持ったものがアゴとなった。ただしそこには、エラの変形だけでは済まない、もっと複雑な経緯があります。いずれにせよ、エラの獲得は脊椎動物の頭部進化に生じた、最も大きなイベントのひとつといえるわけです。

———ヤツメウナギのほかに研究されたのは。

その後、チョウザメやカメも研究対象にしました。カメは羊膜類(=発生中に胎児が羊膜に包まれるため、生活を完全に陸上に移すことができた脊椎動物の一群で、哺乳類、鳥類、爬虫類が含まれる)の中にあって特異な形態進化を経てユニークな骨格パターンをつくり出しています。こうした動物を通じて形態変化のエポック・メイキングな現象を探ることが、人類をはじめ哺乳類の進化を解明する上で大いに役立つわけです。