公益財団法人テルモ生命科学振興財団

財団サイトへもどる

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

サイト内検索

漠然とした「夢」でなく具体的に将来の「イメージ」を描け

———形づくりの進化の謎を探る研究のおもしろさとは。

動物の形の進化は、何世紀にもわたって多くの研究者を捉えてきたテーマです。脊椎動物に限らず、それぞれ独自の形態形成のボディプランを持ったミミズやヒトデや昆虫と私たちヒトが、悠久のときを経てなお、共通の発生機構を持っている。例えば昆虫とわれわれが同じ「頭と尾」の遺伝プログラムを持つ一方で「背と腹」のプログラムは逆転していて、こうした違いが進化の過程でどのように枝分かれしてきたのかを探ることは、どんな謎解きよりも興味深いのです。

———先生の出発点となった頭部問題は解明されたのですか?

私自身の中ではすでに解けたも同然です。脊椎動物の頭部中胚葉には、期待されていたような分節は存在しないのです。残るは、体幹における中胚葉のブロック、つまり体節の起源ですが、これはまだ謎だらけですね。

———これから力を入れていきたいことは何でしょう。

この6月に、2022年3月までを研究期間とする新学術領域を立ち上げました。テーマは「進化の制約と方向性~微生物から多細胞生物までを貫く表現型進化原理の解明~」。発生学者はゲノムから発生を考えがちですが、生体の形、すなわち表現型を通して淘汰された結果として特定のゲノムが生き残っているわけです。つまり、見方によってはゲノムは到達地点でもある。個体間の表現型変化や環境変化による表現型の変化や揺らぎと、長期的な時間スケールで起こる進化でどのような制約があったのか、またどのような方向性で進化してきたのか、より大きな視点で生物進化を説明できたらと考えています。

———表現型とゲノムとを結びつけるということですか?

例えば人間のゲノムは解読されてデータとしてありますが、そのゲノムをながめて人間の体を思い浮かべられるかというと、今の段階ではとても無理な相談です。警察の事件捜査では、DNA鑑定で犯人の割り出しができるようになっていますが、ゲノムを読んで犯人の顔がわかったらどうでしょう。実用化にまつわる問題はともかく、科学的にはワクワクする話です。
しかし現実には、「ゲノムを解読した」といってもそれは本当の意味での解読ではなく、単に写経のように書き取ったにすぎません。そこからどうやってジェネティックコードを読み解いていくか、究極の課題といえるでしょう。

———先生は、2016年秋に800ページを超える分厚い『分節幻想』を、2017年1月には、2004年刊行の『動物進化形態学』をほとんど書き直した768ページの『新版 動物進化形態学』を上梓され、さらに2月に『ゴジラ幻論』と立て続けに出版されています。また、日経サイエンスの2017年10月号の特集「若冲の科学」で伊藤若冲の絵に登場する昆虫について語るなど、そのエネルギーや博覧強記ぶりにはいつも驚かされます。その秘密はどこに?

いや、逆に普通の人が知っていることをほどんと知りませんし、世間のことにも関心がない。やたらと映画を観たり本を読んだりと、好きなことに耽溺しているだけです。知的好奇心に導かれるままに、あっちにもこっちにも好きなものがあってどんどん深めていると、知らないうちに関係ないと思っていたものがつながっていくんですよ。それが快感ですね。

———最後に、高校生や若い人へのメッセージをお願いします。

自分が行きたいところ、やりたいことを、単に「夢」と言うのではなく、具体的なイメージを頭の中にはっきりと思い描くのがよいと思います。これから何をやりたいか、どう生きたいか、どんなスタイルで生活したいのか。そして実際にやりたいことの現場に行って、肌で触れてみる。するとおのずと自分がしなければいけないことがわかってくるはずです。

また、読みたい本があったらその時に読むべきだし、たとえ明日試験があっても、どうしても見逃したくない映画は観に行ったほうがいい。もうひとつ大事なのは、付け焼き刃はだめだということ。若いころにこそ本を読み、古典に親しんで、語学をマスターしてほしい。中でも語学は「一生もの」です。若いころの頭がどれほどフレキシブルで、インプットしやすいか。これは年々痛感することです。歳を取ってからでは遅いんです。
古典もそうです。仕事を持つとなかなか読む時間がないから、『種の起源』とか『ファーブル昆虫記』とか、自分にとって重要な本は、ぜひ今のうちから読んでほしい。

———ときには試験よりずっと大切なことがある、と。

そう。それから、知的好奇心旺盛で、自分で何か発見したら人に言いたくてたまらない、そして、実際に喋ってしまう。そんな人間になってほしいと思います。それが科学者の本来的な資質でもあると思います。ある意味「愛らしい」というか、「コイツ憎めないんだよね」と言われるような人間のこと。興味を持たれて、人間的にモテるってことかな。そのためには友だちをちゃんとつくらないとだめですね。

(2017年10月24日取材)