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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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形態学に魅せられ、脊椎動物の頭部の成り立ちを研究

———京大理学部に進んだ理由は?

もともとゴジラ映画の延長で恐竜に関心があって、恐竜から出発して脊椎動物の進化に興味を持ったのか、骨の形なのか、化石に興味があったのか、そこのところはよく覚えていないのですが、とにかく形態の進化を研究したいと思っていましたから、理学部以外考えられませんでしたね。それと、高校のころたまたま京都大学の前を通ったら、京大の学舎がまたかっこよかったんですよ。

———お話を伺っていると、先生の形へのこだわりは筋金入りですね。

子どものころ手にした図鑑の影響が大きいと思います。動物図鑑の巻末に、恐竜とか三葉虫、アンモナイトなど、かつて地球上に存在していた古生物の歴史が載っていて、興味を持つようになったんです。シルル紀の海にいたウミサソリの復元図を見てたちまち虜になりましたし、古生代デボン紀に世界中の海域で繁栄した板皮類の仲間で、サメをバキバキと食べていた全長6メートルもある節頸類とか、奇妙奇天烈な生物を通してはるか昔の地球の歴史や古生物に思いを馳せていました。
形へのこだわりといえば、ものを知るというのは形を見てそれを解剖することだと、小さいころから考えていました。カエルを捕まえてきては、父親に「ちょっとここ切って」とねだったりしてましたよ。小学校4年のときだったかな、母親が買ってきてくれた無傷のサバを解剖し、浮き袋がないのを見て「サバには浮き袋がないのか?」と疑問を持ちました。そのことはかなり長い間忘れていたのですが、のちにサバの仲間に浮き袋がないことを知り、自分の観察が正しかったことがわかりました。カツオにしてもマグロにしても、回遊性の魚は浮き袋を持たないんです。

———とすると、研究室選びに迷いはなかった?

ええ。迷うことなく、京大理学部で進化形態学研究室を主宰しておられた田隅本生先生のお世話になりました。当時、田隅先生は築地書館から出た『脊椎動物の進化』(E・H・コルバート著)という本を訳されていて、その本を必死になって読みこなし、田隅先生のもとで学ぼうと思ったわけです。

———田隅研究室ではどんな研究を?

研究テーマとしたのが脊椎動物の頭部問題です。なぜ頭部かというと、頭部こそが脊椎動物を特徴づけているからなんです。脊椎動物の進化を読み解く上で頭部の成り立ちを研究し解明することは必須だと考えたのです。
そこで形態学の祖であるゲーテの「頭蓋(とうがい)骨椎骨説」(=脊椎動物の頭蓋骨も元を正せば変形した背骨の集まりにほかならないとする説)を学ぶなど、脊椎動物の比較形態研究にのめりこみました。

———ゲーテとは! 19世紀の博物学的世界・・・

まずは頭部問題に関連した古い文献を漁れるだけ漁ろうと、黴臭い動物図書館や医学図書館に入り浸っては文献を大量に複写し、標本に埋もれていました(笑)。卒業研究で脊椎動物における頭蓋骨の発生をテーマに選び、田隅先生に「頭蓋骨はひょっとしたら椎骨と同じものでできているのではないか」と言ったところ、先生は「君はゲーテと同じことを言うなあ。ゲーテの椎骨説の再来だな」とおっしゃって、「それなら大学院に入って、まずドイツ語を勉強しなさい」とドイツ語の特訓を命じられました。若いころでしたから、乾いたスポンジみたいにドイツ語をマスターでき、今でもそれが財産になっています。

———博士号を取得したあとは?

琉球大学に赴任して解剖学の助手になりました。そこの教授であった田中重徳先生からひとつの心得を伝授されました。当時私は、比較形態学一筋で行くつもりだったんです。が、田中先生から「倉谷くん、もうそれやめなさい」と言われました。といっても、「自分の仕事を手伝え」ではないんです。つまり「新しいことをやりなさい」と。
「君のこれまでの知識は、君の血となり肉となっている。切片づくりの技術も高い。こだわりがあることも知っている。でも、今は大事かもしれないけれど、ある程度やったら目先を変えて次の新しいことを見つけて変身しなさい。そうでないと次の時代に対応できないぞ」というわけです。
よく日本人の美徳として何々一筋、苦節何十年とかいいますが、問題はその結果、何を見つけたか、世界の何を変えたかということでしょう。「地道」とか「こだわり」とかいう言葉にだまされるのではなく、「勇気を持ってどんどん新しいことに立ち向かえ」と教わったわけです。
田中先生のアドバイスに従い、酵素活性を使って筋肉を発色させたり、ニワトリの胚発生で交感神経の原基を免疫組織化学や蛍光抗体法を使って観察するなど、いろんな手法を学ぶうち、実験発生学や細胞生物学に目を向けるようになったのが沖縄での3年間でした。

———それまでの比較形態学から一歩踏み出し、最新の分子生物学にも目を向けるようになっていくわけですね。

ちょうどショウジョウバエにおけるホメオボックス遺伝子の発見を契機に、図書館でホコリをかぶって忘れ去られていた頭部問題が、分子発生生物学と細胞生物学のヒノキ舞台に再登場していました。なかでもホックス遺伝子は、胚の細胞群に、位置情報を与え、それぞれの場所に応じた形態分化を発動させる機能をもっています。まさに発生とゲノム、形態進化の関係を探ることができる時代になったのです。