公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

オーストラリアでの博士課程で研究のおもしろさを実感

———阪大の大学院に進んで、修士号を取得されたあと、博士課程はオーストラリアへ。転機となったことがありましたか?

修士課程1年目の夏、植物科学の国際学会が横浜で開かれ、私もポスター発表したのですが、そのとき初めて、それまで論文でしか知らなかった海外の著名な研究者の講演を聞くことができました。論理構成が鮮やかで、一生懸命論文を読んでいた先生が目の前にいるわけで、それまで二次元だったサイエンスがいきなり三次元になったような衝撃の体験でした。しかも、その先生たちがまだ論文になっていない新しい話を目の前でディスカッションしているのです。こっちの有名な先生とあっちの有名な先生がカンカンガクガクやっているのを目の当たりにして、サイエンスってこうやってやるものなんだ、あの輪の中に自分も入っていかなければ一人前の研究者にはなれない、と痛感しました。
このときの学会で知り合った先生から、半年ぐらい経って突然メールをいただいたのです。オーストラリア国立大学のリチャード・ウィリアムソン教授からで、フェローシップ・プログラムがあるので学費と生活費と日本からの引っ越し代をこちらで出すからうちの大学院に来ませんか、という話でした。

———魅力的なオファーですね。

留学を決める前に、どんなところか見に行ったんですが、ウィリアムソン先生らは分子遺伝学の手法を用いて、ちょうどそのころモデル植物として台頭してきたシロイヌナズナの細胞骨格の研究をしていて、その変異体の写真を見せてもらいました。当時私は、これからは分子遺伝学をやりたいと思っていたところだったので、変異体の写真を見た瞬間、もう感動してしまって、ここで研究するしかないと留学を決めました。親のスネをかじらずとも博士課程で学べることも魅力でした。

———オーストラリアではどんな研究を?

植物の細胞が伸長するときの微小管とセルロース繊維の役割についての遺伝学的研究です。細胞を風船に喩えるなら、割れてしまわないように外から針金のように細胞の構造を支えているのがセルロースです。そして細胞骨格の役割を担っているのが細胞の中側に存在する微小管です。細胞の外側のセルロースがどの方向に向いて並ぶかを細胞の内側から決めているのが微小管なのではないかと考えられていました。この微小管とセルロースが植物の細胞が伸びるときにどのように働くかを明らかにするために、細胞の一断片を見るのではなく、根っこなら根っこ全部を丸ごと顕微鏡で観察できる方法を開発しました。
それまでも切片は見ていたわけですが、切片は根の一部分でしかありませんから、全体のどの部分を見ているのかがわかりづらい。そこで、根の全体の構造を維持しつつ、分裂している細胞とか生長している細胞とか、ひとつひとつの細胞のなかを自由自在に覗いてしまおうという発想です。

▲クリックで拡大

根の先端付近の細胞分裂領域(A/B)では、細胞は小さく、セルロースは横方向に並んでいる、伸長領域(C/D/E)でも、整然と横に並ぶ一方、生長が停止した領域(F)では、細胞は大きいがセルロースの向きはバラバラ。根全体を示すバーは250μm、各領域の拡大図は 500nmのバー。

Plant Physiol Vol. 124, 2000所収 New Techniques Enable Comparative Analysis of Microtubule Orientation, Wall Texture, and Growth Rate in Intact Roots of Arabidopsisより Copyright (c)2000 American Society of Plant Biologists

———大胆なアイデアですね。

私が開発したのは根をそのまま残しておいて、そこに顕微鏡でズームインしていって微小管やセルロースを見るという方法で、根全体の位置関係を把握しながら微小管やセルロースを見ることができる画期的なものです。シロイヌナズナの1本の根全体を観察するために、細胞の構造を壊さないようにマイルドに穴をあけ、細胞壁の内側の微小管や外側のセルロースを見られるように処理するのですが、挫折を繰り返し、うまくいくまでに2年ぐらいかかりました。この研究が私のオーストラリア時代のハイライトであり、ある意味、研究人生のハイライトのひとつといえます。
野生型と変異型それぞれを見るのですが、野生型はまぁ想定通りなんですね。でも、微小管が壊れてしまった変異体がどうなっているのかは誰も見たことがない。これまでの仮説では、微小管が壊れたものはセルロースも壊れてしまい、いわば風船の外の針金がダメになってしまっているのだから細胞はブクブクになっていると考えられていました。その仮説が本当に正しいものなのかを観察するのは、世界で私が初めてなのです。
顕微鏡の倍率を少しずつ上げながら、細胞のなかにとびこんでいく瞬間の感動といったらありません。タケノコを見つけたときの喜びと完全に一緒ですね。「あっ来た~!」っていう・・・(笑)。

———まさに、研究の醍醐味。

研究って本当におもしろいと思ったのはオーストラリアの大学院に入ってからです。でも研究者としてやっていこうと思ったのはポスドクになってからで、オーストラリア時代は、サイエンスはおもしろいけれど、科学の世界で生き残っていくのは大変だろうなという気持ちも強く、正直なところ自信はなかった。

オーストラリア時代にはアウトドア仲間と一緒によく遊びました。雪をかぶったユーカリの林をハイキングするのはとても気持ちいいんです。

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