公益財団法人テルモ生命科学振興財団

中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

日本にいても研究は世界とつながっている

———2007年に帰国されますが、そのままイギリスで研究を続ける道もあったのでは?

もちろんイギリスで研究を続けるという選択肢もありましたが、もう12年も外にいたので、日本はどうなっているのかなという、懐かしさ半分、怖いものみたさ半分といった好奇心がありました(笑)。それにオーストラリア、イギリスと渡り歩いてきて、夫もアメリカとイギリスでポスドクをやって独立して、二人とも、どこの国で研究しようが変わりはないという思いが強くなったということもあります。
もちろん、ラボから一歩外へ出れば日本ですが、ラボの中にいる間は世界とつながっているので、日本で研究しているという意識は特にありません。イギリス時代に得たもので一番大きかったのは人のネットワークです。そのネットワークがある以上、端末がどこにあってもほとんど気にならない。そういう意味では、若い研究者はどんどん外に出て行った方がいいと思います。
一方で、日本に帰って来て日本のよさを実感することもありますよ。たとえば、日本ほど生きものをおもしろいと思って研究している人がたくさんいるところはないかもしれない。外国はどこもだいたい競争が非常に厳しくて、PI(研究主宰者)としていい論文を書かなければいけないというプレッシャーがすごいけれど、日本は昆虫少年少女がそのまま大人になったみたいな人が結構多くて、楽しいですね。

———現在、取り組んでいる研究テーマを教えてください。

現在は、植物の生長とともに再生のメカニズムについて研究しています。生長のほうでは、理研に来るまでは形というキーワードで、どの方向に分裂するのか、伸びるか、どれだけ伸びるか、ということをテーマにしてきましたが、今は逆にブレーキの研究をメインにやっています。植物がどこまで伸びていくかというと、限界まで伸びてそれ以上は無理というところで止まるというイメージがあるけれど、植物は実はもっと賢くて、ここで止めようといういろいろなブレーキを持っているんです。
生長についてはそういう研究を進めつつ、理研にきたからには何かもうひとつ新しい研究の軸を持ちたいと、最近若い研究者や大学院生と一緒に取り組んでいるのが傷ついたあとの生長のやり直し、つまり再生の研究です。

———動物と違って植物の再生力はとても高いそうですが・・・

たとえば葉を傷つけると、そこにカルスという細胞の集まりができて、そこからさらに根や葉といった新しい器官が形成されていきます。高等動物の場合、iPS細胞のような分化多能性を持たせるためには、特殊な遺伝子操作で初期化しなくてはなりませんが、植物の場合は分化を終えた細胞であっても、未分化の状態に戻る(脱分化)ことができます。一方で植物として普通に生きているときに勝手にカルスができて、根や葉ができてしまっては困りますよね。だから植物は必要に応じて再生を誘導するメカニズムと抑制するメカニズムの両方を上手に使い分けているはずなんです。
脱分化や再分化など、植物の多様な再生現象が引き起こされる分子機構を探ろうと研究を続けるなかで、2011年にはシロイヌナズナの脱分化を促進するしくみを解明。また、15年には通常の発生・生長過程で全能性を抑制する仕組みの一端を解明し、昨年1月には、傷口から茎葉を再生する分子メカニズムを明らかにすることができました。

左はシロイヌナズナの正常な根毛(野生型)。右は葉や茎などでカルス化が起きやすいことが知られている「ポリコーム抑制複合体2(PRC2)」を欠損する変異体の根毛。この根毛で脱分化が起こり、カルス形成を経て新たな胚が形成されることを示すムービーと写真の撮影にも成功した

根毛細胞のカルスから胚(不定胚)が形成された写真(★印は根)。この写真は、Nature Plants 2015年7月号 の表紙を飾った

Momoko Ikeuchi, Akira Iwase, Bart Rymen, Hirofumi Harashima, Michitaro Shibata et al. PRC2 represses dedifferentiation of mature somatic cells in Arabidopsis Jun 29, 2015 より Copyright (c)Nature Plants  4274421453613

———今後さらに探究していきたいことは?

これまで脱分化や再分化を誘導する遺伝子発現の制御を中心に調べてきましたが、私たちが2015年に発表した研究からさらにもっと精巧な仕組みがあることがわかってきました。転写制御というドアが閉まっているだけではなくて、別のカギもかかっていたのです。これからはそのカギの実体を明らかにし、植物がどうやってカギをあけ、再生というドアをあけるのかを解明したい。それと、シロイヌナズナの研究に憧れてこの世界に入って20数年経ちますが、モデル生物だけでなく多様な植物の再生の不思議なども追ってみたい。
これからも新しい概念を打ち出していけるような研究を続けていきたいですね。

例えばこの多肉植物の葉の細胞は、バラバラにちぎられたあとも再び根や葉をつくり出す能力=分化多能性を持っている。こうした分化多能性の動物と植物との違いなども興味深い、と杉本先生

———これから研究者をめざしている若い人たちにメッセージをお願いします。

中学生や高校生に講演するときによく話すのですが、みなさんは、これまではいろいろな新しいことを勉強して、期末テストとか入学試験で与えられた問題をいかに速く、上手に解くかということをやってきたかもしれないけれど、研究者になりたいのなら問題をつくる力をつけてほしい。それもおもしろい問題です。問題がおもしろくないとたいした研究にはならないから、問題を立てるところが一番重要です。
もうひとつ、海外で12年過ごして思うのは、日本人同士というモノカルチャーの世界は「言わなくてもだいたいわかる」とか、「以心伝心」が通用する社会ですが、いったん外に出るとそういう“常識”はまったく通じません。
そんな中で、自分の意見はこうだと相手を説得したいとき、日本だったら1言えば10わかってくれるけれど、“常識”がシェアされていないコミュニティーの中で自分のメッセージを届けようと思ったら、ロジックしかありません。だれもわかってくれないだろうという状況の中で、いかに自分の意見を説得力を持って発言するかが重要となります。でも、そうした力を身につけようと思ったら、日本にいるだけでは難しいでしょう。やはり若いうちに海外に出かけて異文化を体験することがとても重要だと思います。若い人は内向きだといわれますが、どしどし世界に飛び立ってほしいですね。

ラボメンバーとともに

(2018年1月31日更新)

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