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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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植物研究の最高峰、ジョンイネスセンターから届いた採用通知

———その後、イギリスのジョンイネスセンターでポスドクとなるわけですが、オーストラリアから日本に帰って研究をすることは考えなかったのですか?

日本に帰って来ないかと誘ってくださる方もありましたが、まだ世界を見てないなと思ったんですよね。そんなとき、植物研究で世界的に有名なジョンイネスセンターがポスドクを求めているというFAXが研究室に届いたのです。大型の助成金を獲得して、新しいセルウォール(細胞壁)の解析をする分子生物学、細胞生物学、物理学の3人を募集していました。細胞生物学の研究者にはまさに私が開発したようなスキルが必要とされていて、FAXを目にしたとたん、思わず心の中で叫びました。「これって私じゃん!」って。
でも、そのときはまだ論文を1本も書いておらず、博士号を取得するための論文をこれから書こうと思っていたところだったのです。普通、どのラボだって、論文を1報も書いていない研究者など雇ってくれません。私自身、「論文がないということは研究者として存在しないことだ」と学生に口酸っぱく言っているくらいですから。

———で、どうしたのですか?

私が開発した手法で撮った顕微鏡写真をメールに添付して、「私はこのテクニックを既に開発していて、そちらのラボで求めていることが全部できます」と書いて送りました。するとその日のうちに、ジョンイネスセンターの副所長で、世界有数のセルウォールの大御所であるキース・ロバーツという先生から、来週インタビューするとメールが来ました。

———イギリスに出かけたのですか?

電話での面接です。向こうはインタビュアーが3人、私は1人。1時間ぐらい電話でインタビューされて、電話が終わった瞬間にメールが届いて、「ポスドクとして採用します。いつ来ることができますか?」ということでした。
それから半年間、ノンストップで博士号取得のための論文を書き上げ、翌年の1月4日に提出して、次の日にはイギリス行きの飛行機に乗りました。
製本した博士論文の巻頭には、私の原点であるユリに敬意を示すため、真っ白なユリの花の写真を載せました。

1999年12月末。イギリスへの引越の終わったオフィスで製本したばかりの博士論文を手に。6カ月の執筆生活で疲れ切ってます(笑)

———ジョンイネスセンターではどんな研究を?

ジョンイネスセンターはちょうどシロイヌナズナ研究の全盛期のころ。まわりにはすごい先生が大勢いて、教科書に載るような発見を次々としていました。
私が入ったのはセルウォールの研究をしているキースのラボです。そこで、発見されたばかりのセルウォールの変異体を共同で解析するつもりでいたら、先に着任していたポスドクから「この変異体は自分のものだから、Keikoも自分の変異体を見つけて研究しろ」と言われ、最初の半年間はひたすら論文を読みあさり、研究の糸口を探しました。
ゼロからのスタートでしたが、夏に行った学会で、セルロースと並び、セルウォールの別の成分の1つであるペクチン関係のすごくおもしろい変異体があるという話を教えてもらい、hypocotyl6(hyp6)hyp7と名付けられた変異体を使ったプロジェクトを始めました。ところが、そこに大どんでん返しが待ち受けていたのです。

———いったいどんな、どんでん返しですか?

この変異体では、双葉の下にある胚軸部分の細胞がうまく生長しないのです。だから当然セルウォールの異常だろうと原因遺伝子をクローニングしてみたら、まったくセルウォールとは関係がなかったのです!セルウォールの大御所であるキースのラボで、いよいよセルウォールの本物の研究をしようと意気込んでやってきたのに、まるで違って、核の中に取り込まれていくことになっちゃった。

———セルウォールとは関係がなかったとすると、先生がクローニングしたのは何に関係する遺伝子だったのでしょう。

細胞のサイズに関係する遺伝子で、「DNAトポイソメラーゼ」という、DNAがからむのをときほぐす、知恵の輪はずし的な機能を持つ酵素をコードしていました。
調べを進めるうち、hyp6, hyp7変異体だけではなく、ほかのたとえば根っこの毛がなくなるルートへアレスという変異体とか、ある植物ホルモンに感受性を失う変異体など、それまで全く関係ないと思われていたいくつかの変異体でも同じように胚軸の細胞がちんちくりんになっていることに気付きました。平行して進めていた遺伝学的な解析からこれらの変異体の原因となる遺伝子が4つあることも分かりましたので、これらの遺伝子をクローニングしてみると、どれもトポイソメラーゼの働きを阻害していることを突き止めました。
こうした変異の原因がトポイソメラーゼにあるとボスのキースに報告したところ、キースは「これはきっとプロディ(倍数性)だ」と言って、偶然にも隣の研究部門にいたトポイソメラーゼの専門家のところに連れていってくれたのです。あとはとんとん拍子です。
紆余曲折を経て、あるとき突然道が開けて、パズルのピースが次々に埋まって、これまでのことが一気に繋がって真実にたどりつくという、サイエンスの醍醐味を味わうことができました。

———DNAの知恵の輪はずしと、細胞のサイズって、どうつながるんですか?

2倍体(2C)とか4倍体 (4C) って聞いたことがありますか?細胞核内のDNAの量が2倍、4倍になったものです。DNA量が増えると、細胞や植物そのものが大きくなるのです。私たちが食べているジャガイモやイチゴなどは品種改良によって人為的に染色体のセット数を増やすことで、細胞を大きくした多倍体なんですね。
自然現象では、染色体の数は増えないのに、シロイヌナズナの根毛の細胞とか、ある特殊な細胞ではDNA量が増加して、細胞も大きくなることがあります。これが「核内倍化」という現象なんですが、2C、4C、8CとDNA量が増えていくときDNAの二重らせんがもつれないように解く機能を果たしているのがDNAトポイソメラーゼVIです。この酵素がなくなることでDNA量が増えることができなくなり、細胞が小さいままになってしまうというわけです。
この一連の研究から、核内倍加や倍数化、サイズ制御へと研究が展開していき、その研究の虜になって、やがて植物細胞のサイズ制御に関する遺伝学的研究が私のメインの仕事になっていきました。

核内のDNA量が増加すると、細胞が大きくなり、植物も大きくなる
2007年12月4日の理研プレスリリースより転載

———まさにブレイクスルーとなった研究だったわけですね。

この発見をしたのはちょうど長女が生まれて、その産休中でした。

———ご結婚はイギリスでなさったのですか?

はい。2001年に、ジョンイネスセンターに隣接するセインズベリー研究所でPI(主任研究員)になっていた研究者と結婚しました。

———産休中も研究は続けていた?

仕事を続けました。ボスのキースに言われたのは、「もちろん子どもを育てるための時間を取るのはいいことだ。しかし、たとえ産休中でも研究者として論文が出ていない期間をつくってはだめだよ」ということでした。それでキースは、産休に入りたいと申し出るとすぐに助手として優秀なテクニシャンをつけてくれたのです。おかげで産休中も研究は続けられ、電話で指示を出したり、近くに住んでいたので週に1回はラボに行ったりしていました。時間の使い方もうまくなったし、不思議なことに子どもが産まれるとむしろいい研究成果が出るもの。産休はそのあともう一度経験しましたが、ちょっとしたブレイクスルーが実は産休中にあったりしますね。

———とても恵まれた環境で仕事ができたようですね。

私にとってキースとの出会いが大きかった。彼は本当にサイエンスが好きな人で、ポスドク時代に彼に出会っていなければ、今の自分はなかっただろうと思います。
ジョンイネスではその後、BBSRCという助成金を出す機関から若手研究者向けの独立用資金をもらって、自分のラボを持つことでもできました。BBSRCは「デイビッド・フィリップス・フェローシップ」という全英で毎年、自然科学の研究者10人だけに与える研究支援のプログラムを実施していて、生物学の枠は1人か2人。その最終面接を前に、キースが初めて私のオフィスにやってきて、「練習しよう」と特訓してくれ、無事、支援を得ることができました。

イギリス時代にはたくさん旅行しました。ウェールズにキャンプ旅行にいったときの写真です。

長女出産の一週間前。予定日の前日までラボで実験して産休に入りました。