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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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ヤマメがニジマスを産んだ!

———テキサスには3年弱いらしたんですね。

留学当初は日本に帰らないつもりで行ったんです。でも住んでいたのがメキシコとの国境に近いテキサスの砂漠ですから、とにかく水がない。ダムにブラックバスはいるけれど、東海岸か西海岸の海に近い研究所あたりで職探しをしようと思い始めたころ、日本でポストがあるというので戻ってきました。

———日本での研究テーマは。

大学院時代は遺伝子組み換えの魚づくり、アメリカでは魚の卵の成熟という繁殖生理学の研究をしたけれど、日本で研究者として生きていくためには、オリジナリティのある研究をしなければならない。そこで、いろいろ調べて、あまり研究が進んでいなかった始原生殖細胞に目をつけました。

———なぜ始原生殖細胞に着目したのですか?

始原生殖細胞は、卵から孵化したばかり、あるいは卵から孵化する直前の魚の赤ちゃんが持っている細胞で、将来、オスでは精子、メスでは卵子をつくり出すおおもとの生殖細胞です。精子と卵は受精すれば一匹の魚になるわけですから、始原生殖細胞は魚に変身する細胞と考えることができます。そこで、この細胞を操作できれば農学的に大きな意味があると考えました。もう一つ、大学院の博士課程2年のときに聞いた衝撃的な講演も頭にありました。マウスの始原生殖細胞をシャーレの中で無限に増やすことができるという発表で、シャーレの中で100万個の始原生殖細胞を増やせれば、100万匹の魚をつくることができる。すごい技術だなと思ったことを覚えていて、魚を材料にここを攻めようと決めたんです。

始原生殖細胞は、発生の初期段階に出現し、将来の卵や精子を生み出すおおもとの細胞だ

———それが、サバにマグロを産ませようという研究につながっていくわけですね。ところで、その始原生殖細胞は簡単に見つけることができるんですか?

それが、始原生殖細胞が生まれたばかりの魚の赤ちゃん(仔魚)の体内のどこにあるかは皆目分かっていなかったんです。ところが、97年にアメリカのマサチューセッツ工科大学(MIT)の研究グループが、ゼブラフィッシュで生殖細胞のみで働くvasaという遺伝子をクローニングしたという論文を発表しました。つまり、vasa遺伝子がつくるmRNAやタンパク質を目印にすればいい。そこで、緑色蛍光タンパク質(GFP)をvasa遺伝子のスイッチとつなげてニジマスに導入したところ、始原生殖細胞が緑色に光ったニジマスの赤ちゃんが誕生しました。

緑色に光る始原生殖細胞(写真提供:吉崎研究室)

———光るニジマスなんて、とても美しそうですね。でもGFPを導入する技術は、当時まだそれほど一般的ではなかったのではないですか?

それがラッキーなことに、アメリカでの留学時代に隣のラボが綿花の研究をしていて、そこでGFPを使って研究しているのを見ていたんです。これを始原生殖細胞で機能する遺伝子につなげば生殖細胞を光らせることができるのではないかとずっと思っていて、97年のMITの論文を読んで「あっ、これがぼくの求めていた答えだ」と直感したってわけです。遺伝子を組み換えてニジマスに注射するのは、ぼくの大学院時代の仕事で得意中の得意。それまで寄り道をしてきたけれど、経験してきたことが1つにつながった、という気持ちになりました。

———次に先生が取り組んだのが、このニジマスの始原生殖細胞を、ヤマメの卵巣、精巣に移植してヤマメにニジマスを産ませようという研究ですね。

なぜサケ・マス類から始めたかというと、イクラを思い浮かべてもらえば分かるけれど、サケ・マス類は魚の中では非常に大きな赤ちゃんを産むので、研究がやりやすかった。それともう一つ、高校から大学時代に、ヤマメやイワナに夢中になっていたことも大きい。また、キングサーモンなどは成熟するのに最低3年かかりますが、ヤマメは1年で成熟するので、早く答えが出るという利点もありました。

———ヤマメもニジマスも同じサケ・マスの仲間ですが、近縁とはいえ別の種の細胞を移植しても大丈夫なのでしょうか?

別の種に細胞を移植する際、通常は免疫拒絶という壁があります。しかし、その解決策はすでに70年代の論文に書かれてあって、生まれたばかりの魚の赤ちゃんの免疫系は非常に未熟であるということが分かっていました。これを逆手にとって、この時期の仔魚に始原生殖細胞を移植すれば、たとえ違う種からのものであっても拒絶されないことを発見しました。

———赤ちゃんヤマメに、ニジマスの始原生殖細胞を移植すればいいと?

ところが、生まれたばかりの赤ちゃんの卵巣、精巣はとても小さいのです。そこを狙い撃ちにして移植のための注射をするのですが、何度やってもうまくいかない。とても難しいことが分かりました。

———いったいどうやって解決したのですか?

そこで思いついたのが卵巣や精巣ができるメカニズムです。実はこれも1930年代ぐらいにすでに論文になっているように昔から分かっていたことですが、卵巣や精巣は最初は空っぽの房の状態でまずおなかの中にできるのです。始原生殖細胞は赤ちゃんの卵巣・精巣とはまったく別のところでつくられます。それが空っぽの房から分泌される誘引物質によって、アメーバ運動によって体の中を移動していって、卵巣や精巣にたどりつくのです。

生殖細胞が空っぽの卵巣や精巣に向かってアメーバのように仮足をのばして移動していく。

———えっ!始原生殖細胞って歩くんですか?

その通りです。だったら、どこでもいいから注射すれば、あとは始原生殖細胞が歩いていってくれるのではないかと考えて、学生と一緒に試した実験がおなかの中に細胞を注射しちゃおうという乱暴な実験です。

———その乱暴な実験の結果は?

これが大成功。ちゃんと歩いていってくれました。精巣や卵巣にテクテク歩いていく映像を見たときには本当に感動しました。それまでまるでうまくいかなかった実験が、おなかの中に注射するという単純な方法で全部解決したのですから! ぼくらの研究戦略の中でとても大きなブレイクスルーとなり、ついにヤマメにニジマスを産ませることに成功したのです。

生殖細胞の移植風景(写真提供:吉崎研究室)

移植生殖細胞が歩いていき、最終的に宿主の生殖腺に取りこまれる様子(図版提供:吉崎研究室)

ニジマスは32日で孵化し、ヤマメは40日で孵化する。移植後34日経過した写真。ヤマメは卵の状態だがニジマスは誕生。その後、不妊処理をしたヤマメで実験したところ、ニジマスだけが産まれた(写真提供:吉崎研究室)