公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

精巣の細胞から卵が生まれる大発見

———その後はいよいよサバにマグロを産ませる研究プロジェクトですね。なぜ、サバを代理親に使うのですか?

何よりマグロもサバも同じサバ科の近縁種です。しかし、大きさは全然違う。サバ類、特にマサバやゴマサバは体重が300g程度で成熟します。一方、クロマグロだと100㎏ぐらいになってようやく成熟します。仮にクロマグロの卵を採取する親の体重を約90kgとすると、サバを使えば親魚の大きさが300分の1程度ですみます。親マグロを飼うには海上の大型生け簀か巨大な水槽が必要ですが、サバなら陸上の小さな水槽で十分というわけです。また、クロマグロが成熟するまでには4、5年かかり、体重を1kg増やすために餌が15~20kgも必要になります。ところがサバは満1歳で成熟するのでこの点でも断然有利です。

———それでも、サバにマグロを産ませるには、まずは孵化直後の赤ちゃんマグロから始原生殖細胞を採取する必要がありますね。

実はマグロの場合、始原生殖細胞を持つ孵化直後の赤ちゃんマグロを探すのはすごく大変なんです。しかもクロマグロの場合、孵化直後の赤ちゃんは始原生殖細胞をわずか5、6個しか持っていないので、クロマグロの始原生殖細胞を使って実験しようとすると非常にたくさんの赤ちゃんマグロを集めなくてはいけなくなります。

———いきなり高いハードルが待ち受けているわけですね…。

そこで注目したのが精巣細胞です。精巣細胞の中には新たな精子をつくる能力を持った精原細胞が多数存在しています。しかも、精原細胞なら親の精巣から手に入れることができるので、赤ちゃんでなくてもいいのです。精巣を1房取ってくれば100万単位で精原細胞が手に入ることになります。

———その精原細胞を移植するとどうなるのですか?

精原細胞を赤ちゃんの魚に移植したところ、始原生殖細胞と同様に空っぽの房の中に歩いて行きました。これはすごい驚きでした。なぜかというと、大人の魚から採取した精原細胞は精巣の中で2年も3年も眠っていたわけですから到底歩くとは思えなかった。ところがそれを赤ちゃんのおなかの中に移植したら、始原生殖細胞だったころのことを思い出して歩いてくれたんですね。
実はこの発見は、ぼくが指示した実験で分かったことではなく、学生の一人が練習のためにやった実験がブレイクスルーとなったのです。

———練習のための実験というと?

その当時、ぼくは東京にいて、山梨にある大泉の実験場にいた学生に始原生殖細胞の移植技術の改良をめざした実験を行わせていたのですが、そもそも移植がうまくできないという連絡を受けました。始原生殖細胞は1匹の仔魚からそれほど多く取れる細胞ではないので、失敗続きで使い切ってしまわれても困ります。移植の練習を十分にやってから改めて始原生殖細胞にとりかかってもらおうと、まずはたくさん手に入る精原細胞で練習するよう指示しました。ところが、そこからすごい展開が待っていました。なんと彼は、精原細胞を、1万個、2万個という単位で注射していたのです。

———始原生殖細胞を使う練習なら、精原細胞は10個ぐらい移植すればよいのでは…?

誰だってそう考えますよね。ぼくに相談されたら、そう指示したでしょう。でもどういうわけか彼は大量の精原細胞を一度におなかに注射してたんです。しかも、その後もその魚たちを飼い続けていた。そして1カ月後にその魚たちを解剖して、「おなかに注射した精原細胞が精巣に飛び込んでいます」と電話してきたのです。

———歩かないと思われた精原細胞が、実は歩いていたんですね?

さらにもっとすごい発見がありました。精原細胞というのは精子に分化する細胞ですから、通常ならオスにだけ移植しますが、仔魚の段階ではオスかメスか見分けにくい。したがってメスにも精原細胞を移植していたわけです。ところが、精子にしか分化しないはずの精原細胞が、メスの体の中ではなんと卵巣にたどり着いて卵になることが分かったのです!

———エーッ!? 精原細胞から、精子だけじゃなくて卵も生まれるなんて驚きです!!

これは生物学的にもすごく大きな発見でした。ヒトでは考えられないことですが、魚の場合、精原細胞と卵原細胞(卵のもとになる細胞)はまだそれほど分化が進んでいないことが理由として考えられます。

———それにしても、練習のためにやった実験が大発見につながるなんて奇跡のようです。

彼が成功したポイントは精原細胞の移植を練習で終わらせずに、細胞を注射した魚を大切に飼って、その後にきちんと解析したという点ですね。つまりたとえ練習であっても、つくった魚を無駄にはしなかった。魚へのこうした愛情が、奇跡のような発見へと導いてくれたと思っています。

———サバにマグロを産ませる研究は、いまどこまで進んでいるのでしょう?

残念ながらまだマグロは産まれていません。サバを代理親にするといってもどのサバでもいいわけではなく、「温度」が重要なカギを握っていて、亜熱帯産のサバ類がクロマグロの代理親として有力な候補であるというところまでは突き止めました。世界中の亜熱帯のサバを試そうと大西洋までサバを獲りに行ったところ、どうやら大西洋のサバがいいということが分かって、ようやく光が見えてきたところです。

———ほかに取り組んでいる研究テーマはありますか?

生殖細胞を凍結しておいて、絶滅しそうな野生の魚を救おうというプロジェクトに取り組んでいます。魚の生殖細胞を液体窒素の中で凍らせ、将来必要になったときに代理親にその細胞を解凍して移植すれば、たとえその魚が絶滅したとしても、いつでもかつていた魚を蘇らせることができます。凍結した細胞から生きた魚を誕生させるというのは、われわれが初めてやったことです。

凍結保存した生殖細胞から産まれたニジマス

———卵と精子を凍結保存しておけばいいのではないですか?

魚の場合、卵が大きすぎて現在の技術では凍結できません。凍らせるのはヒトの卵が限界で、直径0.1㎜ぐらいまでです。イクラの卵なんか特に大きいですからね。しかし、生殖細胞なら凍らせることができ、それを近縁種の代理親に移植することで生きた魚が誕生します。この技術は、絶滅危惧種の保存という意味で大きな役割を果たせると思っています。
なぜこのようなことに取り組んでいるかというと、やはりぼくの中ではヤマメ・イワナに戻るんですよ。昔から憧れの魚だったヤマメ・イワナですが、生息環境の悪化などで著しく減少しています。原種のヤマメ・イワナを何とか守っていきたいという思いが、この研究の原点なのです。

———先生にとっての研究のゴールは?

やはり魚が産まれるということですね。遺伝子とか分子レベルでいくらすごい発見があったとしても、それはぼくにとってはゴールではない。遺伝子や分子はあくまで道具として使っているだけで、最終的に生きた魚がぼくの手の中に乗らないとゴールじゃないと思っています。
ヤマメにニジマスを産ませられたんだから、サバからマグロもきっとできるとぼくは信じて取り組んでいるわけだけど、実際にサバとマグロの間に橋をかけるというのはすごく大変なことで、強い信念が必要です。だからこそ、ぼくがやっているんです。ぼくが諦めたら世界中の研究者がみんな諦めますよ。ぼくがマグロをつくるところまでがんばれば、ほかの魚を使った実験は他の研究者が勝手にやってくれるはずだと思っています。

———若い人たちへのアドバイスを。

何より生きものを見なさい、ということかな。最近の生物学は試験管を見る時代で、さらに言うとバイオインフォマティクス全盛でパソコンを見る時代になっちゃった。でも、生物学はやっぱり生きものを見ないといけない。生きものを飼ったり、生きものが病気で死んでいくのを悲しみながら、何とか病気が治らないかなとがんばったりとか、そういうもがきの中に、たぶん人とは違う発想が浮かんでくると思っています。だから生きものを飼って育てることがすごく大事。あとはその魚たちが本来いるフィールドで魚を見ることが重要です。若いうちに、自分の将来を変えるような生きものとの出会いをぜひしてほしいですね。

(2019年12月9日更新)