公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

筋肉の動くメカニズムを「調べる研究」から、動く分子機械を「つくる研究」へ

———北大を志望した理由は?

全国の大学の中でもマリンバイオロジーが充実していたのが北大でした。幼いころから水辺とか水面下の生き物の不思議さに魅せられてきて、水生動物のことをもっと知りたいと思い、そこはあまり迷わずに、海洋科学を学ぶために北大に進学しました。

———北大ではどんな研究テーマを選んだのですか。

海洋科学の基本を学んだあと、研究らしい研究として最初にテーマとしたのは、海の生き物の動くメカニズムです。魚のエンジン、動力源は何なのか、動力装置はどうなっているのかということで、魚類の筋肉について研究したのです。

———やっぱり「動くもの」に興味があったんですね!

たしかにその通りですね。高校時代につくったヨットは磁気モーターで動いたけれど、魚類を動かす動力源としての筋肉って、生き物というよりタンパク質という分子の集まり。いわば分子機械がモーターとなって動かしているんですね。しかも非常に小さい魚から巨大なシロナガスクジラまで、すべて動かす原理は同じで、ATP(アデノシン3リン酸)から1つのリン酸がはずれ、ADP(アデノシン2リン酸)に分解されるときに生じる化学エネルギーを利用して筋が収縮するんです。

———どんな魚で調べたんですか?

タラとかホタテ、あとは川にいる魚の筋肉です。川の魚はイワナとかヤマメとかオショロコマ。朝、自分で獲りに行って実験に使いました。

———魚類の筋肉について、具体的にはどんなことを調べたのでしょう。

筋肉を動かすためのエネルギー源は、いまお話ししたようにATPです。これをどういうふうにして分解してエネルギーを生み出すのか、生化学的なメカニズムを解析したり、実際にどういう動きをするのかを観察したりもしました。

———大学院は理学研究科に進みましたね。

学部時代の筋肉が動くメカニズムの研究って、観察者側の立場なんですね。でも観察しているだけでなく、非生物的な材料で、動く筋肉をつくってみたいという気持ちが強くなって、「調べる研究」から、人工的な分子機械を「つくる研究」へとシフトさせました。

———研究の方向を転換するきっかけがあったのでしょうか?

あるとき、魚のようなものが尾を振っている動画を見たんです。それは魚でもなく筋肉でもなく、高分子のゲルが動いている様子でした。研究していたのは理学部の長田義仁(おさだ・よしひと)先生のラボ。長田先生はゲル研究の第一人者で、ゲルを使って人工筋肉をつくる研究に取り組んでいました。そこで、このゲルと、自分が研究しているATPを動力源とした筋肉が動くメカニズムとを融合すれば、新しい人工筋肉ができるのではないかと思いました。すぐに先生のところに行って自分の思いを話して、ラボのメンバーに加えてもらうことができたのです。

———ゲルの研究は高分子化学の世界ですね。生物化学から高分子化学のラボに入って、戸惑いはありませんでしたか?

そりゃあ、ありましたよ。新しい分野に入ると、まず言葉が全然わからない。重合体を意味する「ポリマー」というのは言葉としては知っていましたが、「コポリマー」となるとまるでわからない。最初、「子ポリマー」と聞こえて子どものポリマーかと思ったら、共重合体のことなんですね(笑)。そういうターミノロジー(特定の分野の専門用語)の違いというのはもちろんありましたし、装置づくりなども一から教えてもらいました。

———ほかのメンバーは高分子出身の人たちばかりだったのでは?

そうですね。けっこう海外からの学生も多くて、いろんなバックグラウンドを持っている人たちが集まっていました。でも、そういう人たちとのディスカッションがむしろ楽しかったですよ。私の場合、高分子の中でもレオロジー(流動学)とか物性を測ったりするのは知識も経験もまったくゼロだったので、新しい学問を勉強するというところではけっこう苦労したものの、みんなに助けられもして、その後の広い視野につながっているかなという気はしています。

———長田先生からはどんな指導を?

はじめは高分子ゲルの動きを参考に人工筋肉に近いところをやろうかなと思ったんですが、長田先生から言われたのは、「高分子化学の研究者がやらないような、別の方法でのアプローチを考えなさい」ということでした。大学院に進む前に見た、この世界に飛び込むきっかけとなった長田ラボの動画は、ゲルが電極間で動いている様子でした。電気で動いている点は、今までのモーターと変わらない。電気ではなく、私がこれまで研究してきた筋肉を動かす際の化学的なエネルギーで動かしてみたらどうか。そんな研究をしている人はいないから、ぜひ、君の持っているバイオテクノロジーの技術を使ってやってみなさい、と長田先生はアドバイスしてくださったのです。

———そこから人工の分子機械をつくる研究を始めたわけですが、長田先生からは何かヒントはあったのですか?

長田先生からは「とりあえず好きにやってみなさい」と、完全に自由放任でやらせてもらいました。

———最初に、ある程度まで動くものができたのはどういうものでしたか?

ホタテから生体分子モーターであるアクチンとミオシンを取り出してきて、1個1個パーツに分けて、それを、自己組織化という仕組みをうまく使いながら組み上げて、収縮するようなものだとか滑るようなものをつくったのが最初です。
このときは、単に分子モーターのパーツを組み上げたのではなくて、長田ラボが得意とする合成高分子と複合化させました。こうしてできたのが、ATPで駆動するゲル状の人工筋肉です。

———そこに至るまでにはかなり時間がかかったんでしょうね。

2年近くかかりましたね。なかなか成果が出ない苦しみもあったし、まわりの人はいろいろ成果が出ているのに私だけ出ないという感じでしたが、やっている本人としてはすごく楽しかった。いろいろな文献を読みまくって、試行錯誤を重ねて…。
暗室の中で、ずっと顕微鏡をのぞきながらやっているので、昼か夜かもよくわからなくなるんですよ。でも、ついに動いたときは飛び上がるほどうれしかったですね。

———長田先生ご自身は分子モーターは専門外なので、自分で技術的に切り開いていかなければならず、大変だったのでは?

逆にそれがおもしろかったんです。どうやったら新しい分野をつくれるのかというチャレンジでしたから。それに長田先生からは方法論をいろいろ教えてもらい、そこから学んだことも多かったです。

学部生時代、ジンギスカンパーティの一コマ

助手になりたての2004年ごろ。研究室のフェアウェルパーティで。卒業生にメッセージを贈る