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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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コロンビア大留学で体験した新しい概念を探るディスカッション

———次はどういったプログラムを組み込むかが大きなチャレンジですね。

そこでヒントになったのが、子どものころに見てとても印象に残っていた魚の群れです。小さな魚は群れることで大きな魚から逃れているし、小さなアリも大きな荷物を群れて運んでいきます。われわれがつくった分子ロボットは非常に小さなものですから、これを群れさせてみたらどうだろう、と。

———極小の分子ロボットも群れることで力を発揮すると?

そもそも群れの発想というのは私たちの体の中にもあって、たとえば筋肉です。筋肉は細長い筋線維の集合体であり、とても階層性の高い構造になっています。分子も非常に小さいものなので、これ1個だけで何か仕事をさせるというのはなかなか難しい。そこで、群れることで力を発揮する分子ロボットという発想に変わっていったわけです。
分子同士の相互作用を促すプログラムを入れるといいということはシミュレーションレベルで確認し、どうやって組み込むかの研究を、コロンビア大学医用生体工学部のヘンリー・ヘス(Henry Hess)教授のラボで本格的に行いました。

———ヘス教授はどんな研究をされている方ですか?

分子モーターの研究者です。彼のことは、私が学位を取るころから知っていて、ときどき学会で会って、ディスカッションしたりしていました。ヘス教授は群れについても研究していて、私が取り組んでいるプロジェクトのことを聞いて、だったら一緒に手を組んでやろうということになり、1年間の予定で留学したのです。

———コロンビア大学での思い出を教えてください。

思い出はたくさんありますが、まず研究面でいえば、ヘス教授という人は常に先へ先へと見ていて、ディスカッションになると必ず「キラーアプリケーション(=影響力のある応用)はないか」と問いかけてくる。それは日課のようになっていて、ディスカッションの場は常に新しい概念についてみんなで考える場でした。
夕方5時ぐらいになると研究は完全にストップして、ディスカッションの場がウィスキーやビールを飲む場に変わる。でも、飲みながらも「キラーアプリケーションを何か思いついたか?」と聞かれるので、自由な雰囲気ながら、どんなときでも常に考えているんだなという感じがしました。

研究室のメンバーとコロンビア大学の中庭で。右から2人目がヘス教授

コロンビア大学の研究室での一コマ

———プライベートでは?

週末にはドライブを楽しんで、大自然を満喫しました。マンハッタンを見ながら夜釣りもしましたよ。日本ではご馳走のウナギをエサに、大物を釣ったりしました。

マンハッタン沖での釣り

———コロンビア大学で群れについての研究はうまくいきましたか?

群れにはアトラクション(誘引力)とセパレーション(分離)、アライメント(一列に並ぶこと)の3つの要素が必要です。群れとして動くにはくっつき合わないといけないし、あまりに近づきすぎたときには離れることも必要。そして、移動するときは向きを揃えて同じ方向に動いていく。その3つの要素のうち、ヘス教授はセパレーションとアライメントの技術を持っていました。アトラクションをどうしたらいいかと試行錯誤して、DNAの回路の中にうまく相互作用を入れて、手をつなぐようなイメージで群れを形成できるようになりました。

———ついに、群れて動く分子ロボットが完成したわけですね!

はい! 分子ロボットに群れをつくる・解散するという指令をするDNAをピペッターで与えて、ロボットの動きを制御することに初めて成功しました。さらにその後の研究では、群れをつくって円を描くようにぐるぐる回ったり、並進運動をしたり、複雑な命令にも応じられるまでになっています。ここまでくるとまるで生き物のようで、見ていて飽きないほどです。でも、1本1本の「ロボット」は、太さがわずか25ナノメートルの分子集合体なんですよ。

群れをつくる指令を与えると、赤と緑に色分けした分子が集まり始め、オレンジの大きな群れをつくった

環状に集合していたもの(上)が、別のDNA情報を与えることで離散してゆく

———ロボットの3要素の最後の一つである「センサー」については、進展がありましたか?

これについても分子ロボティクス研究会での出会いがありました。ロボティクス研究会は2012年には文科省の支援を受けて大きな研究チームとなったのですが、そこで出会ったのが、光センサーの研究をしていた浅沼浩之さん(現・名古屋大学教授)でした。

———浅沼先生は光センサーを使ってどんな研究をしていたんですか?

光を使ってDNAの相互作用のスイッチをオン・オフする研究です。こうして私と葛谷さん、浅沼さんの3人の共同研究が始まりました。光を当てることで構造が変わる分子をDNAに組み込み、人間の目に見える可視光線を当てると集合し、目に見えない紫外線を当てると群れが離散する世界最小の分子ロボットをつくることができました。

紫外光を当てると群れが分かれていく