公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

誰も手をつけていない「ニッチ」をめざせ

———今後の課題は?

まずはセンサーをもうちょっと増やしたいですね。
ドイツ人のユクスキュルが著した『生物から見た世界』の中に、ダニは光センサーと酪酸センサー、温度センサーという3つのセンサーで生きているという話が出てきます。まず光センサーで明るいところに行く、しばらく待って動物の汗のにおいを感じたら手を放す。うまく動物の背中に落ちたら、一番あたたかいところに移動してかみつくと、血にありつけるというわけです。
現在は光だけですが、ケミカルセンサーに反応して自律的にふるまえるようになったりするとおもしろいなと考えています。

———ナノ分子ロボットの将来的な可能性をどのように捉えていらっしゃいますか。

いろんな方向性があると思いますが、たとえば、一つでは小さすぎても群れにしてやるとモノを運ぶことができるということを示したのがこの動画です。分子モーターから比べると大きい結晶を運んでいるでしょう? あるところまできたら落としてやるといった物質輸送の機能を持たせることができます。光で制御できるので、光を使ってあるところに集める、ということもできるかもしれません。薬などを運ぶドラッグ・デリバリー・システム(DDS)などの応用例はすぐに思い浮かびますね。

大きな結晶を運んでいる様子

分子ロボットで発電する素子をつくるとか、動力源そのものとしての活用も検討中です。ATPは化学エネルギーですから、生体にあるエネルギーをそのまま使えることになり、コードが不要になります。
また、分子ロボットは論理回路を用いて計算ができるので、今までのコンピュータとはまったく違った活用方法も考えられます。

———量子コンピュータならぬ分子コンピュータですか?

「アクティブマターコンピュータ」と呼びたいですね。アクティブマターとは、化学エネルギーなどを運動エネルギーに変換する機構を内在した物質群のこと。生体由来のアクティブマターコンピュータは、電気に頼ることのない、再生可能な、まったく新しい概念のコンピュータです。分子ロボットは今までの常識を超えたものなので、従来の使われ方とはまるで違った、新しいコンセプトの活用を模索中です。

———若い読者にアドバイスをお願いします。

私自身が大切にしてきたことの一つは、誰もやっていないことをやるという意味で、「ニッチ」をめざしてきました。ニッチというのは鳥類学者のジョセフ・グリンネルという人が生物学の分野で提唱した概念です。簡単にいうと、欲求の似た者同士は同じところでは競争関係になるため一緒に住まない、ということ。もともとは生存競争に打ち勝つための方法論だったでしょうが、研究者にも当てはまるのではないでしょうか。もし将来、研究者としてやっていこうと思うのなら、人がやっていないことをやるというのも重要な選択だと私は思います。
ただ同時に、これは私もずっと経験してきたことですが、そういう他人がやっていないことをやると、どうしても孤独です。誰も見向きもしてくれない。そんなものをやって何がおもしろいのか、もっと人の役に立つことの方がおもしろいのではないかと言われて、打ちのめされもするんですが、それに耐えぬく精神力が必要となります。
そこで思い出すのは、分子生物学の教科書といえる『The Cell』の著者の一人、マーティン・ラフ(Martin Raff)の言葉です。たまたま北大で講演があり、残したメッセージが「混雑した分野は避けなさい」という言葉でした。まさしくニッチと同じ発想で、この言葉にだいぶ力づけられました。当時はまだドクターをとって助手ぐらいのころで、どの方向に行っていいのか自信が持てない部分もあったのですが、いま取り組んでいることを突き詰めていけばいいんだと、ふっきれた思いがしました。

———大学院の長田先生からも、「人がやってないことをやりなさい」とアドバイスされましたね。それも、ニッチをめざせ、ということですよね。

ただ、ニッチというと、一人でそこだけを掘り続けるように思われるけれど、実はそうじゃないんです。弱肉強食ではあっても、ニッチなら、たとえばライオンが食べたあとのおこぼれにありつける可能性もある。植物も、陽の当たるところは大きい木が育つ一方、陽の当たらないところにはシダが育つ。結局どれもこれもが連鎖しているんです。だから、ニッチをやっているからと孤独を感じることはない。生態系の中で動植物が助け合って生きているように、研究者だって、ある研究があればそこから派生する研究があり、あるいは共同研究者がいたりして、孤独ではなくて、助け合っておもしろい研究ができるんです。絶対だれかが助けてくれるはずだから安心して勇気をもってニッチをめざせと伝えたいですね。

研究室には外国からの留学生も多い。メンバーでディスカッションしながら、新たな分子ロボットの開発に取り組んでいる

(2020年8月26日更新)