公益財団法人テルモ生命科学振興財団

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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

未来予測の本に登場する「ナノロボット」との出会い

———ATP駆動で運動するゲルができて、次に取り組んだテーマは?

次のテーマをどうしようかなと、博士号を取り終えたぐらいから再考する時期があって、そのときに1冊の本に出合いました。

———どんな本ですか?

レイ・カーツワイル(Ray Kurzweil)という未来を予測する科学者が2005年に出版した『The Singularity Is Near』という本で、その中に「ナノロボット」という話が出てくるんです。

———2045年には人間の脳とAIの能力が逆転する「シンギュラリティ(技術的特異点)」が到達すると予言して、大きな話題を呼んだ本ですね。

カーツワイルは、「2020年代までには、血液細胞かそれより小さいサイズのナノロボットが登場するだろう」と予想していて、これこそまさに自分が研究していることではないかと思いました。
ナノロボットで思い出すのは、『ミクロの決死圏』という1966年のアメリカ映画です。テロリストに撃たれて脳内出血を起こした科学者を救うため、特殊光線で小さくした潜航艇に5人の医療チームが乗り込み、血液の流れによって脳に到達して手術を行うというストーリーです。これはSFですが、SFというのは思考実験で、携帯電話やドローンなど、かつてはSFに描かれていたものが実現しているんですね。だからナノロボットも夢ではない、と改めて思ったのです。

———角五先生がつくったATP駆動の分子機械がナノロボットにつながると…。

本が出た当時はモーターなんてまだまだ大きくて、今でもたぶん、配線のあるモーターだったら最小サイズでも1㎜とかそんなものですよね。
ナノとなると何か違う方法論で動力源をつくっていかなければいけない。とすると、もしかしたら私がやっているものこそナノロボットに使えるのではないか。筋肉の最小構成要素はナノまでいくわけだし、そもそも生体の中では精子とか鞭毛は分子モーターで動いているわけです。だから、そういう分子モーターをうまく組み込み、操作できるようになれば、レイ・カーツワイルの「Singularity」の世界が実現できるかもしれない。漠然とですが、そんなことを考えました。

———それでどんな戦略で進めたのですか?

生体に必要な物質を運ぶモータータンパク質のキネシンと、キネシンが移動するときの足場となる微小管が使えるのではないかと考えました。キネシンの2本の足がだいたい50ナノメートルで、微小管の直径が25ナノメートル。髪の毛の太さがだいたい0.1mmで、0. 1mmは100,000ナノメートルですから、とんでもない小ささですよね。
大学院時代に開発したATPで駆動する分子機械をベースに研究を進め、なんとか動くものはできたんですが、好き勝手に動いていってしまう。これをどう制御するか、暗礁に乗り上げてしまいました。

———ナノロボットというからには、動きをコントロールしなければなりませんよね。

ロボットには3つの要素が必要です。ひとつは周囲の環境を把握する「センサー」、センサーからの情報を処理する「プロセッサー(知能・制御系)」、そしてプロセッサーからの指示を受けて動かす「モーター(駆動系)」です。ナノサイズのモーターのめどは立ったものの、プロセッサーやセンサーをどう組み込むかが大きな課題でした。そもそも分子サイズのコンピュータなんて聞いたことがないし、どんなセンサーを積んだらいいのかもわからない。

———で、どうしたんですか?

プロセッサーの開発につながる出会いが、2008年にありました。新潟県の津南町で研究会があり、そこでDNAを使ったナノテクノロジーの研究をしている葛谷明紀さん(現・関西大学教授)の講演を聴いて「あっ、これは使えるかもしれない」とひらめきました。彼も私の講演を聴いて「おもしろい」と思ったらしく、お互いに意気投合しました。

———DNAを使ったナノテクの研究をというと…?

葛谷さんは「DNAオリガミ法」という新しい技術を活用してナノ構造体をつくる研究に取り組んでいて、当時はニューヨーク大学から帰国した直後でした。彼はちょうど私と同い年で、DNAのATGCの4文字の配列を工夫してプログラミングすることで分子デバイスをつくったり、DNA分子のふるまいを制御したりする研究に取り組んでいたのです。まさに分子ロボットに打ってつけの技術で、共同研究を始めることになりました。

———うまくいきましたか?

それが全然うまくいかなかった。彼と一緒に2年近くやりましたが、まるで動いてくれない。分子モーターだけなら動くものの、そこにDNAを組み込むと、それまで元気に動いていたのがまったく動かなくなって、中にはのたうち回っているものもいました。いくら「動け!」と声をかけても、まるでだめ。これは失敗だと思いましたね。

分子モーターにDNAを組み込むと、とたん動きが悪くなった

———壁にぶち当たって、それをどう乗り越えたのでしょう?

もうだめかなと諦めかけていたころ、分子ロボティクス研究会という集まりが2010年に発足しました。ぼくも葛谷さんも声をかけてもらってメンバーに加わり、せっかくだからもう一回、一から考え直してみようということになりました。

———再チャレンジしたわけですね。

今度は失敗するわけにいきません。それまでは、正確に命令できるように数千ベース(塩基対)もの、長くて複雑なDNAを使っていたのです。しかし、まずは動くことが肝心と、精度は求めないことにし、数十ベース程度のDNAにし、複雑な配列は全部やめて、3つの文字の繰り返しからなる配列としました。

———一挙に短くして、その結果は?

それが、動いたんです! 3年越しでやっと動いて、もう、その瞬間は筆舌に尽くしがたいほどのうれしさでした。「動いた、動いた!」と、しばらく放心状態でしたね。

単純なDNA配列を使うことで、分子が活発に動くようになった

———諦めなくてよかったですね。

めげずにやったのが成功につながりました。あのときやめていたら、たぶんそれっきりだったでしょうね。諦めずに時間をかけてやることの大切さを実感しました。