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中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

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マンガdeひもとく生命科学のいま ドッキン!いのちの不思議調査隊

第5話 老化を止める

調査のまとめドッキンレポート

老化しない生物もいるってホント!?

トシをとると、白髪になって皮膚にシワができ、筋力の低下をはじめ、身体のあちこちの生理機能が衰える…それが老化で、生き物は老化して死を迎えると考えられてきた。ところが最近の研究で、老化するかどうかは生物種によって実に多様だということが明らかになったそうだ。
例えば、ヒトと同じようにトシをとるにつれて死亡率が上がる生物と、年齢による死亡率の違いがほとんどなく、さらには外見もほとんど変わらない生物がいる。仮に、5年で成熟し、寿命が30年の生物がいたとして、5歳と30歳を比べても見た目も死亡率も変わらない生物がいるんだって。つまり老化は、生命にとって必ず起こる現象ではないってことドキ!
なかには、身体のほとんどが幹細胞からできていて、断続的に分裂を繰り返す能力があるヒドラや、いったん成長したあとに前段階のポリプへと若返るベニクラゲのように、「不老不死」とされる生物もいる。ヒドラは成体の5%が1400年後も生き続けると推定されているとか。驚きドキ!

老化の原因のひとつが老化細胞

では、ヒトが老化するのはなぜだろう?
中西先生は、トシをとると、臓器や組織の中のあちこちに、小さいけれど慢性の炎症が起こり、その炎症が少しずつ蓄積することで臓器や組織の機能がちょっとずつ悪くなっていくからだって教えてくれた。この炎症を誘発する原因の一つとなっているのが「老化細胞」ドキ。
老化細胞とは、二度と増殖できなくなった細胞のこと。1961年、米国ウイスター研究所に勤める細胞生物学者のL・ヘイフリック博士が、ヒトの細胞をシャーレの中で培養したところ、50〜60回分裂したあとに分裂を停止することを発見した。当初は培養細胞だけの話だと思われていたんだけど、実際のからだの中でも、幹細胞を除く多くの正常細胞が、一定回数分裂すると、それ以上分裂することができなくなることがわかった。これが「ヘイフリック限界」で、染色体の末端を保護しているテロメアという部分の長さが関係しているとされているよ。
このように分裂回数が上限に達したもののほか、酸化ストレスやDNAが傷ついてその傷が修復できなかったときも細胞老化が引き起こされる。ふつうならこうした老化細胞は、自ら死んでしまう(細胞死:アポトーシス)かマクロファージなどの免疫細胞が食べて除去してくれるんだけど、生き延びる老化細胞もいて、それがたまると炎症物質を分泌して、がんや動脈硬化など加齢にともなって増加する病気の原因になる。

うーん、老化細胞ってゾンビみたいドキ。
老化細胞とがんの関係

でも、老化細胞は悪者かというとそうともいえない。がん遺伝子が活性化したときには、細胞が老化することによってこれ以上分裂しなくなるしくみがあることもわかっている。がん細胞は無限増殖する細胞だけど、ある特定の遺伝子(p53遺伝子)が、細胞分裂の周期を途中で強制終了させ、がん化しつつある細胞を二度と増殖できないようにしてしまうんだ。p53遺伝子は、傷ついたDNAの修復や細胞分裂の調整などに携わっていて「ゲノムの守護神」とも呼ばれている。
もっともp53によって細胞が老化細胞になることでがんを防いでいるわけだけど、一方で老化細胞が蓄積するとまわりの細胞をがんにしてしまうっていう面もあるから、万々歳ってわけにもいかないよね…。
ところで、がんにならず40歳ぐらいまで生きるといわれているハダカデバネズミの細胞は、老化の刺激が加わると、老化細胞とならずに死んでしまうんだって。またゾウにも炎症を起こす老化細胞が取り除かれるしくみがあるらしい。

とすると、ヒトだって、老化細胞がたまらなければ
老化しないってことなのかなぁ???
老化細胞を延命させるGLS1

中西先生のグループは、老化細胞が生き残るには、GLS1という酵素が必須だということを発見したドキ!
中西先生の説明によると―
「細胞分裂を終えた細胞が次に分裂するまでの細胞周期のある時期にp53遺伝子が活性化すると、細胞分裂に進みません。しかし、1個の細胞の中にある2つ分のDNAが過剰に発現することによって不良タンパク質がたくさんできるんです。工場で不良品が出ると溶かして原料にして作り直しますよね。それと同じように、細胞が不良タンパク質を分解する工場が、『リソソーム』という細胞小器官で、内部が強い酸性になっています。老化細胞ではその工場の壁が、できそこないのタンパク質のかたまりによってあちこち穴があいていて、細胞全体が酸性になってしまう。本来なら酸にやられて死んでしまうはずですが、老化細胞は生き残るために酸性を中和しようとする。そこで登場するのがGLS1なのです」
GLS1は体内のグルタミンをグルタミン酸へと変換する酵素。代謝の過程でアルカリ性のアンモニアを作って酸を中和することによって、老化細胞が生き延びることができるってわけドキ。

Johmura et al. Science 2021

GLS1阻害剤を投与したマウスが若返った!

GLS1が老化細胞を生き延びさせている立役者なら、その働きをジャマしたらどうなるだろう?
中西先生たちは、ヒトでいうと70歳代ぐらいの老齢マウスに、GLS1の働きをジャマする薬(GLS1阻害剤)を投与してみた。棒につかまってぶら下がるテストをすると、普通の老齢マウスが30秒ぐらいで落ちてしまうところ、100秒程度ぶら下がっていられたし、握力も若いマウスに近づいたという。また、年をとると尿をこす腎臓の機能が悪くなるけどそれも改善。このほか、肥満による動脈硬化や肺の線維化、肝臓の炎症などが抑えられたんだって。
「老化=元に戻ることのない(不可逆的な)生理機能の低下」のはずなのに、運動能力や生理機能が回復したなんてすごい!

Johmura et al. Science 2021

GLS1阻害剤は、老化を止める薬として使える?

マウスで効果があったから、即ヒトにも効果がある、とは言えないけれど、「ヒトでも加齢に伴ってGLS1酵素の発現が増加することが知られている」そうなので、GLS1阻害剤は老化をSTOPさせる薬として大いに期待できそうドキ!
しかも、GLS1阻害剤は、すでに米国でがんの治療薬の候補として、ヒトに投与されて、ある程度安全性が確認されているとのこと。すぐにでも老化防止薬として開発してほしいけど、「今のところ老化は病気だとされていないので、老化を止める薬という用途での開発はできない」らしい。
「ただし、過食や肥満などアルコール以外の要因によって肝臓に脂肪が蓄積して炎症や線維化が起こる『非アルコ―ル性脂肪肝炎(NASH)』の治療薬や、染色体異常などが原因で著しく早く老化が進行してしまう『早老症』の患者さんの治療薬としては使えると思います。とくにNASHは最近増えていて、自覚症状がほとんどないまま、肝硬変や肝臓がんに進行することが知られているので注目度は高いでしょう。GLS1阻害剤の効果が認められれば、超高齢社会で医療費の増大が心配されていますから、いずれ老化を止める薬として使える日もくるかもしれません」

ムーンショット型研究開発事業「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」

現在中西先生は、内閣府のムーンショット型研究開発事業*の一つ「老化細胞を除去して健康寿命を延伸する」のプロジェクトマネージャーも務めているドキ。プロジェクトは、2040年をターゲットに、老化細胞を除去する技術や老化度を測定する技術を開発することによって、誰もが生き生き暮らせる社会をめざそうというもの。老化細胞除去ワクチンの開発に取り組む南野徹・順天堂大学大学院医学研究科教授や、老化した免疫細胞の除去を研究する吉村明彦・慶應義塾大学大学院医学研究科教授、睡眠障害による老化促進のメカニズムをテーマに掲げる平野有沙・筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構主任研究員など、さまざまな専門分野を持つ10人の研究者がメンバーとなっている。
「健康寿命を100歳までのばすというのは人類の大きな夢。このプロジェクトによって、老化の理解が進んでいくことを期待しています」。

*ムーンショット型研究開発事業:超高齢化社会や地球温暖化問題など重要な社会課題に対し、従来技術の延長にない大胆な発想に基づく挑戦的な目標(ムーンショット目標)を国が設定し、研究開発を推進することをめざす事業

老化を止めることができても、ヒトの最大寿命は120歳

では老化をストップさせることができたら、ヒトは200歳、300歳まで生きられるのだろうか?
中西先生は、老化細胞を除去することで健康寿命がのびて120歳くらいまで元気に生きられるようになる可能性はあるけれど、ヒトの最大寿命がのびることはないのではないか、と考えている。老化のメカニズムと生物種の最大寿命を決めているメカニズムはどうやらまったく違うらしいのだ。
寿命が近づくにつれて、個体として機能を停止するしくみは何かというのは、実に興味深いテーマだけれど、最大寿命の研究はとても難しい。なぜなら、仮に短命な生物を対象に研究するとしても、死んでしまった個体は解析できるけれど、その生物がいつ死ぬかは分からないからだ。
長寿で知られるハダカデバネズミの寿命は約40年といわれる。時間を早回しすることはできないし、研究者人生も40年ぐらいだからね‥‥。

老化には謎がいっぱい

中西先生が老化に興味を持ったのは大学を卒業するころ。しかし当時は、老化研究はまだサイエンスとして議論できるレベルではなかったという。そこで、エネルギーの産生に影響を与えるミトコンドリアのATPの合成について研究。大学院を修了して助手になり、米国ベイラー医科大学に留学したときに、細胞老化のラボに入り細胞周期の研究やDNA損傷にともなう転写因子のふるまいなどについて研究してきた。
老化研究をはじめてざっと30年。中西先生によると、細胞老化について、培養細胞で行う研究から、現在は個体の中で老化細胞がどんな機能を果たしているかを探ることを進めているそうだ。遺伝子の研究も盛んに行われているけれど、遺伝子だけで説明できないことも多く、老化については、まだまだわからないことが多いのが現状なんだって。

老化=病気ととらえてみよう

中西先生のお話で興味深かったのが、「老化は病気」という考え方ドキ。例えば、新型コロナウイルスに感染して重症化すると肺炎になる。肺炎というのは肺の炎症で、短時間で起きるから誰もが病気と思うわけだけれど、老化の場合、炎症が40年、60年と長い時間をかけて蓄積されて徐々に変化が起こるから、みんな生理現象だと考えて病気だとはみなさないだけの話なんだって。時間軸を変えてみると、見え方がずいぶん違ってくるよね。
でも、寿命や老化について考えたとき、サイエンスだけでは解決できない部分も重要になってくるような気がする。例えば、寿命をのばすのがすべての人の人生にとっていいことなのかとなると、すぐには答えが出ないかもしれない。でも、少なくともトシをとってもずっと健康でいたい、というのはみんなの願いだよね。

老化に興味がある人におすすめ!

先生にこの分野に興味のある人におすすめの本を紹介してもらったドキ。

デビッド・A・シンクレア/著・マシュー・D・ラプラント/著・梶山あゆみ/訳
『LIFESPAN(ライフスパン)老いなき世界』

(東洋経済新報社 2020年9月刊)

著者のデビッド・A・シンクレア博士は、ハーバード大学医学大学院で遺伝学の教授を務める長寿研究の第一人者。博士は、人類が「老いない身体」を手に入れることができる未来がすぐそこに迫っていると断言する。長寿遺伝子の一つであるサーチュイン遺伝子や、それを活性化するレスベラトロールやNAD(ニコチンアミド・アデニン・ジヌクレオチド)など著者の研究成果をはじめ、最先端の科学的知見によって老化を「治療」する方法が見つかりつつあるからだ。健康寿命が延び、100歳になっても50歳なみの活動レベルを保てるようになったら、私たちはどう生きるべきだろう? 老化のない未来をみんなで考えていこうと呼びかけている。

目次
はじめに―
いつまでも若々しくありたいという願い
第1部
私たちは何を知っているのか(過去)
第1章 老化の唯一の原因――原初のサバイバル回路
第2章 弾き方を忘れたピアニスト
第3章 万人を蝕む見えざる病気
第2部
私たちは何を学びつつあるのか(現在)
第4章 あなたの長寿遺伝子を今すぐ働かせる方法
第5章 老化を治療する薬
第6章 若く健康な未来への躍進
第7章 医療におけるイノベーション
第3部
私たちはどこへ行くのか(未来)
第8章 未来の世界はこうなる
第9章 私たちが築くべき未来
おわりに―
世界を変える勇気をもとう

このほか生命科学DOKIDOKI研究室の次の記事も読んでみてね!

  • ◎ハダカデバネズミの研究に取り組む三浦恭子先生のインタビュー記事
    ■この人に聞く「生命に関わる仕事っておもしろいですか?」
    第37回 茶髪のバンドマンは今、長寿でがん耐性のあるネズミの研究に熱中
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/interview/37/index.html

  • ◎不老不死のベニクラゲに魅せられた久保田信先生の記事
    ■いま注目の最先端研究・技術探検
    第41回 不老不死のベニクラゲ 若返りの秘密を解き明かしたい
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/41/index.html

  • ◎細胞分裂の回数券といわれるテロメアやサーチュイン遺伝子をはじめとする長寿遺伝子については
    ■いま注目の最先端研究・技術探検
    第13回 長寿遺伝子の秘密を探る
    https://www.terumozaidan.or.jp/labo/technology/13/index.html

(取材・文:「生命科学DOKIDOKI研究室」編集 高城佐知子)

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