中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

脳科学の研究を社会の役に立てたい

言葉が話せず、筆記作業もままならない人が、自分の意思表示を行うことができるニューロコミュニケーターは、本人だけでなく介護する人にとってもありがたい装置だが、長谷川博士は脳科学の知識や技術を、社会のために役立てたいという強い思いを持っている。
「私が留学していたシカゴのノースウェスタン大学では、記録した脳活動を解読して、ロボットアームを動かす研究などが盛んに行われていました。脳科学の基礎研究を実際の介護・福祉に応用しようとする胸が躍るような研究を目のあたりにしたのです。私も、脳研究の成果を社会に活かしたいと考えて、2004年に産総研の研究員として日本に戻り、2006年にニューロテクノロジー研究グループを立ち上げたのです」

長谷川博士は脳情報を読み取り、ロボットアームなどを動かす「運動型BMI」ではなく、脳情報を意思伝達など、人間の認知機能に結びつける「認知型BMI」の研究に力を入れることにした。
「運動型BMIを介護・福祉現場で利用する場合、ロボットアームを使ってお茶を飲む、ドアを開けるなどの作業をすることができますが、コミュニケーション場面では効率的に利用することが難しい。たとえば、患者さんが介護している人にお礼を言いたいとき、ロボットアームを使って一文字ずつ“ありがとう”と書くのは大変ですが、パソコンの画面に“ありがとう”と表示したり、音声で読み上げたりすることなら比較的簡単にできると考えたのです」
そして、7歳でクモ膜下出血のために身体がマヒしてしまった少女の話を聞いたことが、さらにこの装置開発への思いを強くしたという。
「一般の人は、からだがほとんど動かない症状の人を見ると、精神活動もできないだろうと誤解してしまう。でも、本人はからだが動かなくても、話したいこと、やりたいことはたくさんある。その少女はかろうじて動く手を使って、そうした思いを詩集に綴ったのです。このことを知って、自分の研究をこの少女のような境遇にある人の役に立てたいと切実に感じましたね」

最後に長谷川博士は、将来、社会貢献をめざした科学技術の研究開発に興味を持つ読者に対して次のようなメッセージを贈ってくれた。
「若いころから、社会貢献に関する意識を高く持ってほしいですね。親から独立した課外活動が可能となる、中高生くらいがちょうどよい時期でしょう。自分の興味のあるテーマからで構いません。まず、世の中には自分では想像できないような状況で生活したり、困っていたりする人々がいることを知ることが重要です。そして、そのような人たちに対してどのような支援がなされているか、また必要であってもなされていないかを実感しておくこと。『必要は発明の母』と言いますが、優れた発明や発見をするきっかけとして、何かを必要としている人たちとなるべく多く接するという観点があれば、ボランティアのような活動も、他人のためだけでなく自分のためになるものとしてより積極的に参加できるかもしれませんね。
実は、何が必要かさえわかっていれば必ずしも科学者でなくても、科学による社会貢献をする方法はたくさんあります。高等専門学校などで技術を極めたのち『ものづくり』系のベンチャーを起業するという方法もありますし、政治家や官僚になって開発が期待されている研究テーマに予算をつけるという間接的な方法もあります。常に社会と自分自身の両方に関心を持って、社会で必要とされている問題を見つけ、自分にとってできそうな方法、自分のスタイルにあった方法で解決を試みてください。そういう努力は遅かれ早かれ必ず実ると思います。」

ボランティア活動に取り組むことも大切だね。

(2010年6月4日取材)

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