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第6回 脳の情報を読み取り、重度運動障害者のコミュニケーションを支援 ~(独)産業技術総合研究所・長谷川良平博士を訪ねて

いま、脳の情報を読み取り、外部の機械と脳との間でやり取りを行うBMI(Brain-Machine Interface:ブレイン-マシン インターフェース)技術が注目を集めている。BMI技術を使って、話すことも書くこともできない重度の運動障害者の意思伝達をサポートしようという研究を行っている独立行政法人 産業技術総合研究所(産総研)の長谷川良平博士を訪ねた。

重度の身障者の意思伝達を可能にする「ニューロコミュニケーター」

ALS(筋萎縮性側索硬化症)は、からだを動かすための神経系が変性し、神経線維が壊れ神経の命令が伝わらなくなるために、全身の筋肉が萎縮していく病気だ。筋肉は動かなくても、精神的な機能は健康な人と変わらない。車いすに乗った天才宇宙物理学者ホーキング博士もこの病気を患っている。ALS以外にも、高齢化社会が進むと、脳卒中などの後遺症によって、言葉を話したり、書いたりすることが困難な人が増えてくる。
こうした患者さんは、自分の伝えたいことはちゃんとあるのに、その思いを他人に伝えられないというので、非常につらい思いをしている。介護の現場では視線を頼りにした文字盤を使うなどしてフォローしようとしているのだけれど、その技術の習得には長い訓練が必要なうえ、症状が重くなるとその方法もうまく使えないのが現状だ。

一方、近年、脳の研究が急速に進歩して、脳の中でどんな仕組みで情報のやり取りをしているのかなどが少しずつ分かるようになってきた。こうした脳を理解するための脳科学研究のことは、英語では一般に「Neuroscience(ニューロサイエンス)」と呼ばれているが、ニューロサイエンスの発展に伴い、脳研究の成果を活用した技術開発「Neurotechnology(ニューロテクノロジー)」も海外で盛んになりつつある。

国内でいち早くニューロテクノロジーの重要性に着目した産総研の長谷川博士は、もともとの専門である意思決定の脳内メカニズムの基礎研究の成果を、話したり書いたりすることが困難な人のために活かすことができないかと考え、脳内の意思決定をリアルタイムで解読する技術に関する研究を進めてきた。そして、この3月にその成果を公表したのが「ニューロコミュニケーター」と名付けた脳波による意思伝達装置である。
「私たちの脳の中で、情報の伝達は微弱な電気信号によって行われています。その電気信号はマイクロボルト単位の微弱なものですが、頭皮上の電極からでもわずかながら感知することができます。それが一般に脳波と呼ばれるもので、外界で何か注意を引くような変化が生じた時、『おやっ』と思ったりした時などに強く変化しやすいことが知られています。
この脳波を使って、伝えたいメッセージを解析する研究が世界中で行われてきました。しかし、従来の脳波計や解析システムは大型で持ち運びが難しいとか、脳波の解読精度が不十分、あるいは、一文字ずつ文字を確定する方法では効率が悪いといったさまざまな問題があり、実用化の見通しが立っていない状態でした。そこで私たちはハードウェアとソフトウェアの両面での技術革新をめざし、頭の上にのせてノイズレスに脳波を記録できるモバイル脳波計や、効率よく多様なメッセージを生成するアプリケーションを開発したのです」と、長谷川博士はニューロコミュニケーター開発のねらいを説明してくれた。


ニューロコミュニケーターの仕組み

ニューロコミュニケーターはどんな仕組みなのだろうか。
まず、この装置を利用する人(Aさん)は、電極と脳波計のついた水泳帽のようなキャップをかぶる。電極は8箇所につけられており、そこで計測した脳波が短いケーブルで、携帯電話の半分ほどのサイズの超小型脳波計に集められ、ここからコンピュータに無線で送られる。

ニューロコミュニケーターの概念図

では、この脳波のデータからどうやって意思を解読するのだろうか。Aさんの目の前のパソコン画面には、さまざまなメッセージを象徴する8種類のピクトグラム(絵カード)が選択肢として表示されている。Aさんがこのうちひとつを他者に伝えたいと思っているとしよう。8個のうちどれを選ぶかによって脳の中では異なる情報処理がなされているのだが、頭皮上で記録する脳波を調べてもそのような細かな処理の違いは区別ができない。
そこで、ピクトグラムの候補をランダムな順番でフラッシュさせる。自分が選びたいものがフラッシュした時に脳波が強まる現象を利用して、脳波の変化を観測・解析し、Aさんが選びたいと思っているピクトグラムを特定、その絵によって示されるメッセージをパソコン上のCGアニメのキャラクターが人工音声で読み上げるというわけだ。
「ニューロコミュニケーターの登場で、重度の運動障害を持つ患者さんが日常的に使えるBMI装置の実用化に大きく近づいたのではないかと思っています」

長谷川良平博士
長谷川 良平(はせがわ りょうへい)独立行政法人 産業技術総合研究所 ヒューマンライフテクノロジー研究部門 ニューロテクノロジー研究グループ 研究グループ長

1997年京都大学大学院理学研究科博士課程修了(理学博士)。97~98年京都大学霊長類研究所COE講師。98~2002年米国国立衛生研究所博士研究員(最初の2年間は日本学術振興会海外特別研究員)。02~04年米国ノースウェスタン大学リサーチアソシエイト。04~10年産業技術総合研究所脳神経情報研究部門へ。08年からニューロテクノロジー研究グループ長。10年同研究所ヒューマンライフテクノロジー研究部門ニューロテクノロジー研究グループ長。

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