中高生と“いのちの不思議”を考える─生命科学DOKIDOKI研究室

複雑系で生命とは何かにアプローチ

先生はどうして、動く油滴をつくろうと考えたのだろう。

「生命が原子・分子でできていることは誰も否定できない真理でしょう。けれど、いくら生命を構成しているタンパク質やDNA、そのもととなる原子や分子を探究していっても、生命全体のダイナミックな状態はわかりません。そこで、1992年に複雑系というアプローチで研究を始めました」

複雑系という学問を簡単に言えば、「物事を解析するよりもつくったほうがその事象を理解しやすい」ということ。自転車に乗るのに理論で乗り方を解析するよりも、実際に乗ってしまった方がすぐに覚えられるのと同じで、この手法を明示的に学問に持ち込んだものが複雑系である。生命を考える場合でも、生命を構成する一つひとつの物質を物理化学の問題として解いていくのではなく、あたかも生命のように見えるシステムを創りだして、そこから生命にとって普遍的な原理を探り、生命とは何かを研究しようというアプローチ法だ。

「最初はコンピュータを使って、生命の生態系モデルや免疫システムが自己と非自己をどのようなネットワークで峻別するのかのシミュレーションなどをやっていました」
コンピュータ上で、膜を持ち、内部で代謝反応を繰り返して応答しながら自律的に動くモデルもつくりだした。モデルだけでなく、実際に動くシステムを化学反応でつくりだしてみたいと取り組んだのが、自分で動く油滴だったのだ。

「生命は、部分がわかってもそれが組み合わさった全体のことはよくわからない非線形で非平衡のシステムです。そして、DNAの塩基配列や神経細胞のネットワークがハードウエアで、意識や記憶、知覚や感情などがソフトウエアだとして、DNA分子を研究すれば、意識や記憶のことがわかるでしょうか? たとえばコンピュータの電圧変化やメモリーの書き換えや処理時間などを外から測り、そこからコンピュータが何を計算しているかやどんなソフトウエアが動いているかを言い当てるのはほとんど不可能でしょう。それと同様に、これまでの分子還元的なアプローチでは、なぜ意識や知覚が生まれるのかはわからないのです」

そこで先生は、プログラム通りに動くロボットではなく、ロボット自身が動くことで知覚をつくりだしていくロボットを考案している。
「たとえば触覚だけで、触っている物が三角形か四角形を判断させるとするロボットをつくりました。客観的な定義は、内角の和が180度なら三角形で360度なら四角形ですが、主観的に、かつ触って判定するとなるとどうか。ロボットは形を触っていく中で、ある段階で『これは三角形だ』とわかるんです。前にどこに触って次にどこに触ったかということを繰り返す中で。ほかにもロボットは運動することで遠近感を把握し、形を理解し、環境と応答していく。つまり、運動こそが知覚を生みだしていくのです」

センサーがあれば知覚が生まれるのではなくて、動くことイコール知覚。これはほんの一例だ。生命のもつ主観的な時間や、行為選択のゆらぎや遊びといった要素を加味して初めて生命の本質が見えてくる、そう先生は考えている。

いろいろな形に触りながら動くロボットの軌跡

いろいろな形に触りながら動くロボットの軌跡

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